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2011年4月

2011年4月17日 (日)

訃報 コスマス・ゴネセ氏 

 事務局便りで既にご報告していますので、ご覧になられた方もいらっしゃるかもしれませんが、DADAの支援先であるAZTRECの代表、コスマス・ゴネセ氏が亡くなられました。55歳でした。

 高校を卒業してすぐ、18歳で独立闘争に参加し、長いこと、ゲリラ生活を送っていました。闘争を長い間支えてくれたのは、村の人やチーフ、ンガンガ(呪術師)たちだということを忘れずにいました。 闘争の最中に命を落とした同僚の遺体をその場において進まなければならなかった状況下で、遺体を安置し、ゲリラであるゴネセたちの食べ物を調達し、隠れ家を提供し、安全な道を教えてくれたのは村の人たちだったのです。

 独立後、ゴネセ氏が最初にしたことは、同僚の遺体を弔い、埋めた後、その場所を清めることでした。その後、真の意味での独立を目指し、村の人の生活改善や向上のために、試行錯誤を繰り返してきました。

Gonese_2

 独立闘争を、肌の色の違いから生まれた闘争ではなく、システムを変えることだと明言し、独立後変わっていく政治に対して、時に野党・与党の区別なく批判し、どちらからも一目おかれていた人でした。

 これからのジンバブウェになくてはならない人だった故、その早すぎる死に、誰もがショックを受けています。

 5月28日に、村でメモリアル・セレモニーがおこなわれると、連絡がはいり、それに間に合うようにジンバブウェに行くことにしました。これから先のことなど、色々考えることはあるのですが、今はとにかく、ご遺族と村の人に会って話をしたいと思っています。

 合掌

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2011年4月13日 (水)

マシンゴの女性から、被災した日本へのメッセージ

 今日、メールが一通届きました。

 4年前に一度だけマシンゴのS村から首都のハラレまで車に乗せてあげたお嬢さんです。

 メッセージの内容は2つ。一つは、ゴネセ氏の訃報。そして、もう一つは、東日本大震災の被害にあった日本の人々へのメッセージです。

 東日本大震災とは伝わってなくて(あたりまえですね・・・)、Fukusimaと書いてありました。福島の名前が、ヒロシマ、ナガサキ、フクシマというように覚えられていくのはちょっと忍びないですが・・・。

 I pray that the threatening nuclear disaster at Fukushima plant be normalised and life come back to normal once again in your beloved country. May the spirit of those who died rest in eternal peace.

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