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2011年3月

2011年3月31日 (木)

訃報 コスマス・ゴネセ氏 (55歳)

  早くご報告しなくては、と思いながらも、なかなかPCに向かえませんでした。

  このブログを立ち上げてから、こんな情報を載せる日が来るなんて、思ってもいませんでした。

  AZTREC(Association of Zimbabwean Traditional and Environmental Conservationists: ジンバブウェの伝統と環境保全を守る人々の会)の代表、コスマス・ゴネセ氏が亡くなりました。3月24日、55歳でした。

 AZTRECスタッフであり、村にいるM氏から、SMSでハラレにいる日本人の知人にメッセージが届き、知人がEメールで知らせてくれました。

 ゴネセ氏は、高校卒業後、ジンバブウェ独立闘争に参加、独立後も退役軍人の会の要職についていましたが、1985年に現在のAZTRECを立ち上げ、伝統と環境を取り戻すための具体的な活動を展開してきました。

 ジンバブウェの独立闘争を、肌の色の闘いではなく、社会構造を変えるための闘いであったとし、今の混乱の先のジンバブウェを見て活動していた数少ない真のリーダーの一人でした。

 独立闘争が収束した後、彼が最初におこなったことは、闘争の間、見捨てて進まなければならなかった朋のなきがらを弔うことでした。なきがらは、地元の人たちに手厚く葬られてもいました。祈り、場を清め、そして地元の人々に礼をつくさなければ、先に進めないと感じていました。

 NGOなり政治なり、多くの人が”中央”に行きたがるなか、彼は一貫して地元にこだわり、自ら耕し、生活を支えながら、NGOや政治の活動をおこなていました。

 ジンバブウェには、独立や母国発展のために闘った故人を称え、英雄墓地に埋葬するという決まりがありますが、出身地であるマシンゴ州の英雄として埋葬されたということです。

 ZBC(ジンバブウェ国営放送)のサイトに一件記事が掲載されていました。
(1週間経った今も、人気の記事のトップに挙げられています。) 

  ご冥福をお祈りいたします。

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二月にはいって・・・不作

 皆様に大豊作!という現地からの連絡を転送したのが1月31日です。その後、別件で連絡をしたメールへの返事に、”Here we have been seriously hit by  the drought almost 80% of the planted crops are down”(こちらは、深刻な旱魃になり、植えた作物の80%はだめになりそうです)という連絡がきました。3月15日のメールです。

 え?だって、豊作だったんでしょ?と思われる方もいらっしゃいますよね?

 確かに、FEWSNET というUSAID(米国国際開発庁)が開設しているFamin Early Warning Systems Network(飢饉早期警戒システムネットワーク)のジンバブウェレポート(Zimbabwe Food Security Outlook Update Feb.2011)でも2月以降の雨の降り具合が大きく影響したことが書いてあります。

 そのレポートによると、南部地域は、2月下旬までに20日ものドライスペル(雨が降らない時期)があったということです。このドライスペルは、例年ですと雨季の1月に雨の中休みのような状態で、雨が止まる時期のことをさしますが、このドライスペルがどのくらい長いか短いかが、最終的な収穫を大きく左右するわけです。

 最初の1月末のメールで豊作と書いてありましたので、ドライスペルを乗り越えたのだろうとぬか喜びしていたのですが・・・、なんとも残念です。

 ちなみに、レポートには、ジンバブウェの地図があり、緑と黄色が塗られていますが、二番目に厳しい状況(どのくらいの地域でどのくらい食料が足りているかいないかという)が黄色です。FEWSNETの定義からどのくらいの状況かと予測してみると、

 ぎりぎり生活できているけど、栄養失調がおこったり、ひとたび病気などが発生したりしたら、被害が出る状況だと思います。当然、来年用の種も食べてしまうかもしれません。

 もっとも、厳しいのは、収穫直前の2月、3月で、その時期は国の半分にあたる地域がFEWSNETの警戒第2段階(一番厳しいのが5)にあたりますが、幸い、4月~6月の予測では、かなりの地域が1(食料不足の心配はない段階)になるようです。

 マシンゴ州の州都であるマシンゴ市は、4月以降レベル1になるようですが、支援しているS村やZ村はまだ不足が続くようです。もう少し情報を集めたいと思いますが、なにせ電話も通じないので、国の内外を飛び回っている村出身の知人から来るメールだけが頼りです。

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2011年3月 6日 (日)

AZTRECの写真アルバムできました

 前々から作っていたのですが、この1年、長くPCの前に座っているとしんどかったので、どうしても後回しになっていた、ウェブサイトです。

 AZTRECはもう25年以上活動をしていますが、HPがありませんでした。いくつかの団体が過去にもサイトを立ち上げてくれているので、AZTRECと検索すると結構でてきますが、彼らの作りたいサイトではなく、コピーライトも彼らのものではなかったので、DADAが代行して作ることにしました。ちょっと前のことです。

 しかし、電話線がつながらなかったり、皆が電気も電話もない村に移動してしまったりで、なかなかサイトを見てもらってチェックしてもらうことができず、紙でプリントしてチェックしてもらうということの繰り返しです。このご時世に・・・と思われるかもしれないけれど。

 ともあれ、AZTRECの写真アルバムの頁ができました!6頁分あります。いつものAZTRECのサイトhttp://aztrec.net/)の緑に囲んだPHOTOというロゴをくりっくしていただくか、HOMEの頁の下のほうにある Photo Albums of AZTREC activities : click here
をクリックしてもらえると写真のインデックス頁に飛びます。

 写真の殆どは、彼らが撮ったものや、過去に彼らの活動を訪問した人たちが撮ったものです。写真の説明は、彼らが書いています。

 同じものを彼らの視点で見ると、違って見えるという発見もありました。

 あ~。早く行きたいなぁ・・・。(お)

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