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2008年12月

2008年12月24日 (水)

今日また断水。明日から村に行きます。

今日また4時頃から断水になりました。あぁ、これでまた24時間断水か・・・。

明日、村に行ってきます。戻りは早くて25日か26日。今回は、種を運ぶので、ちょっと緊張です。

報告はまた。

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2008年12月23日 (火)

公教育の危機

「学校なんか、もう2期もまともに開かれていないのよ」と、友人がこぼしていました。別の友人は、「娘はAレベル終わったのに、進学先の目処がたっていない。奨学金がどこかにないだろうか」と嘆いていました。

現在、この国の公教育は危機に瀕しています。

土曜日に発行された独立系新聞(南アで印刷しているようですが)TheStandardによれば、2007年には出席率が80%だった野に対して、今年のクリスマス前の期では、20%に落ち込んでいるそうです。小学校と中学校(プライマリーとセコンドリー)では、一年の7割の授業期間をロスしたと言われています。

その大きな理由の一つは、先生のストライキ。二つの大きな教師組合があるのですが、現在、2200米ドルの月給(米ドル払い)を要求して授業のボイコットに入っています。

給料の額は最近の要求額ですが、先生達は、今年の3月にあまりに少ない給与の改善要求とこの国の政治状況の改革を掲げてボイコットをはじめたのです。ある
統計によれば、10万人の教師が(とりわけ農村地域の学校での教師が)ボイコットをしているそうです。

こう書くと、いかにも、先生だけが悪者のように聞こえますが(2200米ドルの月給は日本人にも驚きの額ですが・・・)、給与の不払いは続いており、最近給与を払ってもらった先生でさえ、その額は、12B(12ビリオン=12億ジムドル)=約10米ドルとなっており、今はパン1斤が1米ドルする中で、この給与では生活できないのが分かっていただけるかと思います。

同時に、組合が現在、最終的な数字を出しているところですが、彼らの統計によると、3月の選挙以降、決選投票などの期間中に、教師に対する圧力や暴力が多発、その数は、1校につき3名が、全国では約3万人の教師が被害にあっているということになります。これはカレッジや大学も道央で、そういう背景があって、教師がボイコットまたは、教職を離れた人が多くいるのです。

先の友人の一人は、元々小学校の教師でしたが、ストライキが続くので、学校にはいけず(他の人がストライキをしているのに自分だけ行くこともまたできないため)、給料は払われないまま、ということで、この5.6月から教職を離れ、農村に来て農業を手伝っています。

一部の学校では、父母が寄付を募って、教師の給料などを集めたりしていますが、それも焼け石に水。給料(=学費)を吊り上げることのできる私立との差はますます開くばかりです。

私立学校が受け入れられる人数は、全就学児童の1%に満たず、多くの児童が就学の機会を失ったまま、時間だけが過ぎているという状態だそうです。

ニュースソースは、独立系新聞なので、政府系新聞には別の見方の記事が載っているかもしれません。わかりましたら、また触れたいと思います。

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2008年12月22日 (月)

クリスマス商戦まっただ中の土曜日

さて、コレラの話はさておき、土曜日は、クリスマス前最後の土曜日でした。
金曜日で仕事が終わり、1月中旬までの休みに入る人も多く、なんとなく周囲がざわざわしています。

土曜日の午前中に、写真の焼付けをしようと、大学の近くにあるショッピングセンターにでかけたところ・・・・ものすごい人だかりでした。ちょうどクリスマスということもあって、その様子は、子供の頃、毎年、年の瀬になると母親に連れられて行かされた三越のデパ地下そのもの。黒山の人だかりという感じでした。売り子さんの掛け声がかかるわけではないのですが、入り口近くでは、バラフォン(木琴)演奏もされていて、子供用の遊びスペースもにぎわっていました。

Ca3c00030002c 写真で見ると、結構「地味」ですね。音がないのが残念。入り口は、整然としていますが、店の中は本当に年末商戦です。

このインフレでどうやって皆買い物をするお金を工面するんだろう?と思うものの、村の知人のように、これまで切り詰めてきたのかもしれません。レジに一緒に並んでいたある女性は、メモ用紙を実ながら買い物を確認していました。

コレラとかインフレとか、暗いニュースばかりの昨今ですが、せめて、クリスマスだけは、家族と楽しみたい。
皆、そう思って、買い物をしているのかもしれませんね。

ところで、このスーパー、これまでは、午前7時から午後7時までの営業だったのですが、昨日行ったら、「24時間オープン!」と書かれた看板や垂れ幕があるではないですか!このご時世に本当だろうか?2日で24時間の間違いでは?などと誰も信用しません。友人は、夜中の0時に言ってみようかと冗談を言っていましたが、それはさすがに危ないので、実行していないと思いますが。

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コレラの報道で考えたこと

毎回のことですが、こちらに来てブログをっ書き始めると、知人・友人にブログのお知らせを流します。
中にはメールをくれる友達がいて、日本での報道とこのブログの「のんきさ」とのギャップに戸惑っている人もいました。

そうしたメールを見て思い出したのが、阪神大震災があった1995年、マリ人のNGOスタッフが、こちらの団体の招聘で来日した時に話したことです。

震災が起こったとき、世界中にニュースが流れたそうで、テレビの映像でそれを見ていた彼の息子が父親に、「日本はもう壊れてしまったから、日本に行かないで」と泣いて止めたそうです。

彼は、このエピソードを紹介しながら、苦笑いしていましたが。地震も、鳥インフルエンザも、コレラも同じように人に伝わるんだなぁと思いました。

これまでも、書きましたが、コレラでは死なないと言われています。つまり予防できて、治療できる病気なのです。でも、人が死んでしまう。
今、もともと栄養状態が良くなく抵抗力が少ない身体に、コレラという病気が入り込んで、人をより衰弱させるのだと思います。

コレラの感染地域で住む人、コレラの患者が家族や近所にいる人、そしてコレラに感染してしまった人たちにとって、コレラは、本当に深刻です。
そうなったら、自力ではなく、他人の力を借りるしかない(医者や投薬も含めての意味です)。

だけど、コレラは全土を覆っているわけではない。
いま、感染率が上がっているチェグツや最初に報告のあったチトゥンギザというハラレ近郊の地域は、私の感覚で言えば、ハラレが東京だとすると、川崎あたりの距離の感覚です。
川崎というと、例えば大田区の付近の人は、ものすごく近いと思われるだろうし、調布も川向こうですぐという感覚。でも、東京の東や北に住んでいる人にとっては、ちょっと距離がある。
そして、東京に通勤・通学、または東京を素通りして首都圏各県に通っている人が大勢いる・・・という距離感です。

コレラの報道は、国内でも毎日流れるし、感染地域と言われている場所以外に住んでいる人も、万が一に備えて、できることは全てしている
 (前にご紹介したミルトンを買い込んだり、手を洗う、水や料理は必ず煮沸するなど・・・)。
もちろん、それができる人と出来ない人に分かれてしまっているのは悲しいことですが。

だから、医療支援は必要だけど、でもだからといって、ジンバブウェが何か危ないところだと思ってもらいたくないなぁと、常に思うわけです。
まぁ、こういう状況になったら、どこの国も同じで、報道とか理解というのはそういうものなのかもしれないですし、
ニュースは外国に流してもらわないと、支援の手も迅速におこなわれないので、報道は必要だと思いますが・・・。

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2008年12月20日 (土)

念ずる時は裸足で

今日、どうしても連絡をとらないといけない人がいて、朝一番で電話を携帯にかけました。そうしたら、一発でかかった!

 いえ、一発でかかるのは、本当に奇跡なんです、今は。
日本でも携帯電話がはやりだしたころ、かかりやすいのを「売り」にして、各社そろって宣伝していたのですが、ここも同じ。最近は、インフレ上昇中で、かける人がすくなくなったのか、かかりやすくなったという人がいる反面、ランドライン(固定電話)がおかしくなっているので、ランドラインからだと携帯には全然つながらないとこぼす人もいて、いろいろです。

 朝かけた時は、移動中で8時50分だったんだけど9時からの会議に出るからといわれて、今日の午後1時半から2時までの間にかけなおすことにしました。

 切る直前に、いやな予感がしたんだけど、まぁ、運転中だから悪いと思って切った。

 で、1時半になったのでかけたら・・・つながらない。
お話中(=回線が一杯でつながらない)か、現在おつなぎ出来ません(おそらく圏外)のアンサーの連続。電話の前で挑戦し続けるものの、時間は経つばかり・・・。

 で、気を入れなおして、集中しよう、ここであきらめてはだめだ・・・、これまでも電話をかけなくてはならないときにはかかったんだから・・・と、時計をみながら、やたら焦りながら念じていたときに、ふと、自分が靴下を履いていることに気がつきました。

 ジンバブウェでは、先祖の霊とお話をするとき、会合などに先祖の霊に来てもらうときは、全員が裸足でお迎えするわけです。ムビラ(親指ピアノ)を弾くときもそうですね。 それは、裸足の足の裏を通して大地とつながり、大地に眠る先祖とお話をするからなのですが。

 あわてて靴下を脱ぎ、ほとんど仁王立ちという立ち方で電話の前にたって、念じてからかけたら、・・・かかったんです!本当の話!

 あぁ、やっぱり、ここはジンバブウェなんだ、と感激もひとしお。
 ご先祖様に大感謝でした。

 もっとも、ちょうどその時、相手の車が圏外から圏内に戻ってきただけかもしれませんが・・・。

●コレラの話
コレラですが、昨日小康状態と書いたのに、今朝の新聞で1000人を超したとかいてありましたね。とほほ・・・です。これについてはまた明日。

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2008年12月19日 (金)

シャシェ村報告

多品目栽培の力

 シャシェ村に行って来ました。DADAの在京スタッフへの報告が済んだので、ようやくブログに手をつけられます。

 この5月に収穫ほぼゼロだったジムト村へは、事情があって、来週まで延期になりましたがまずシャシェ村の報告から。

 出発前のブログや、8月発行の会報で触れたように、去年のマシンゴ地域の雨季は、11月は順調だったのに、1月にはいったとたんに雨が止んで、あとは一滴もふらないという状態でした。逆に大雨だった地域もあって、国全体の収穫量ががくんと減ったのが今回の食糧不足につながる一因でもあります。

 マシンゴの場合、春(3-4月)の収穫は、ジムトやネリピリ、ネマルンディといった、ハラレロード(R1)をはさんで東の地域はほぼ壊滅状態だったのに対して、シャシェ村では、農民によって差が大きくでました。

2006-2007年の雨季(農繁期)
 もともと、その一年前の雨季が変則的でした。通例だと、1月に雨が止まるという中休み期間があり、この期間がどのくらいで収まるかというのが、収穫に大きく影響するのですが、2006年から2007年にかけての雨季では、1月の中休みが長すぎて枯れてしまった作物(特にメイズ)が多かったのです。でも、幸いにして、シャシェの一部の人たちは、共同で遅れて蒔いたソルガムが、2月過ぎて降った大量の雨で実り、2007年の食料を確保できたという経緯がありました。

2007-2008年の雨季
 そんなことがあったので、2007年~2008年は、種まきの時期を遅らせる人も出たのですが、それが皮肉にも災いして、遅めに蒔き始めた人は、1月で終わってしまった雨では間に合わず、収穫がほぼゼロの農家も出るという状態だったのです。

シャシェとジムトの差
 シャシェは、保湿の良い土地で、雨が止んでも、ソルガムなどの少ない水でも成長できる作物が収穫できました。それに対して、ジムトは砂地で保湿力があまりなく、収穫がすずめの涙だった農家がほとんどです。今年(2008)5月は、収穫期から1ヶ月くらいしかたっていないにもかかわらず、食べ物がほとんどないというひとたちもいたほどです。ひとづてに聞いた話では、ジムトの場合は、欧米のNGOが食糧配給を担当しているという話ですが、どのくらいの量、誰に配られたのか、まだわかりません。

シャシェ村での農民による差

 ところで、シャシェは開拓村で、元々6つの白人農場(ファーム)だったところにあたらしく365家族が入植しており、AZTRECは、入植の際に、農業指導をおこなうために、スタッフも一緒に入植したという経緯があります。

 シャシェでは、他地域と同様にやはりメイズ(白トウモロコシ)が生産の主流を占めています。その中で、AZTRECの関係者たちは、ここ数年、メイズとソルガムやミレットの比率を1対1対1に移行するなどして、徐々に雑穀の作付面積を増やしてきました。それが効して、2008年の春は、豊作とはいえないまでも、一年家族が食べられるだけの量は確保できたのです。

食料がない。

 しかし、殆どのシャシェ村の人は、食料もなく、もちろん、種もなく、また、種を買う金もない状態です。彼らとしても手をこまねいているわけではなく、政府の配給を手に入れるために色々手をうっていました。この政府からのミリミリ(メイズを製粉したもの)は、無償で提供されるものの、南アとの国境であるベイトブリッジから村までの移送費(車とドライバー代。ちなみにガソリン代は政府もち)を村人が負担しなければならず、それを工面したが、ミリミリが届くまでにはまだ時間がかかりそうだという報告があったばかりでした。

 村でも、収穫があった人は、食用の穀物や家畜を売って収入を得ることが出来た人もいます。とりわけ、今年は国全体でジンバブウェドルの価値が下がり、米ドル化、南アランド化しており、村も例外ではなく、村人が南アランドを得るという状況になっています。

 収入があった農家であっても、ミリミリを町から買ってくるようです。これまで8年ほど村に通い続けていますが、町で売っている(おそらく南アフリカ産)ミリミリで作るサザを食べたのは今回がはじめてでした。(味が全然違うので、私でもわかりますし、村の人も、おいしくないとこぼしていました。)

 収穫があった農家でもミリミリを買っているのは、自分達の作った穀物を少しでも切り詰めて、種にまわすという配慮からのようです。食事にまわす穀物はすべて買ってくるというわけではなく、雑穀、町のミリミリ、雑穀と、量をみながら調整しているようです。

種がない

 AZTREC関係者は、メイズの種をのぞき、ほとんどの種を自前でまかなうことができたようですし、中には、OPVのメイズの種を守っていて、今年も巻くことが出来る人がおりました。
 他の人たちは、まったくない状態のようで、昨年DADAが支援して建設した穀物庫のあるセンターに、種をもらいにきている人が多いと聞きました。センターでは、とりあえず理由を問わずに種を提供しているようです。 また、スタッフの個人の畑にも種を求める人は来ていて、スタッフも自分の種をわけているとの話でした。
 種に関しては、町でも見当たらないという話です。(ハラレでは手に入るのですが)。店にあったとしても目が飛び出るような金額または外貨ということになり、一般の農民には手の届かないものとなってしまっています。(村の貨幣に関しては、また別の機会に)
 

2008-2009年の雨季は?
 今年のマシンゴは、これまでに3度雨が降っただけだそうです。ほぼ3週間ごとに降り、12月11日に降った3度目の雨は、大雨でしたので、翌日訪れたわたし達も水溜りを見たほどです。とはいうものの、三日月形のキャッチメントを作っているムジングワ氏によれば、キャッチメントで水が翌日までに残ったのはひとつだけで、しかもキャッチメントにつながる水路にはまったく水が残っていないとのこと。それだけ土が乾いているということですね。

 わたし達が訪れた時は、雨が降った翌日でしたので、村の人誰もが種まきに大忙しでした。4頭の牛を使って耕したり、種を蒔く人や、2等の牛をつかって蒔いた後に軽く土をかぶせる人など、牛の貸し借りをしながら、皆が多忙な日を送っていました。

 ここ数年、困難な状況が続いているシャシェですが、AZTRECのスタッフが、雑穀やOPVのメイズの種を大切にすることで、リスクを回避できていること、そして建設支援をした穀物庫が多少なりとも、役に立っていることを確認して、嬉しく思いました。

 とはいうものの、AZTREC関係者は別として、村全体では種に関して、かなり厳しい状況です。DADAでは、先週末にAZTRECの代表に会い、種支援の申し出をおこないました。現在、種の調達がどこまで可能か、代表の回答を待っているところです。

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コレラ小康状態?

 コレラですが、当地の新聞では、小康状態になったという報告がありました。

 政府系日刊紙ヘラルドによると、世界保健機構(WHO)は、ジュネーブから5人の専門家から成るチームをジンバブウェに派遣していますが、11月24日以来上昇していたコレラの患者数がすこし減ったと発表したそうです。もっとも、チェグツとチルンド(ザンビア国境の町)で新たに感染が報告されたというおまけつきなのですが・・・。

 チェグツは、前にご報告したチトゥンギザと同じく首都ハラレ近郊。チトゥンギザがハラレの南東で、チェグツはハラレ南西にあたります。ちなみに、チェグツは、前住んでいたアパートの持ち主が住んでいる地域。

 このチェグツでは、133名が死亡、他に746名が感染しているという報告されていて、水道管の汚染が原因と考えられているようです。これでコレラによる志望者は926人になったと新聞に政府発表がされていました。

 ところで、政府系新聞HERALDの一面右下に毎日掲載されているコレラ予防情報。コレラにならないように、食品は信頼のおける店で買いましょう、とか、水は煮沸してとか、煮沸できない場合は、薬で浄水してとか。一番右端は、コレラの兆候がかかれています。激しい下痢や吐き気、鼻血、倦怠感などなど。写真をつけたかったのですが、回線が遅いのでまた別の機会に。

 新聞は、いま、25ミリオンしていて、いまコレラにかかっている人たちは、新聞買わないんじゃないかなぁと思ったのですが、買っている層の人たちの家や会社で働く人もいるわけだから、やっぱり新聞のこういう情報って必要ですよね。

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2008年12月17日 (水)

二日分まとめて(続き)おつりはチューインガム、断水とコレラ

●おつりはチューインガム

 今日(16日)、買い物に行き、なんと1米ドルがいっきに200ミリオンになっていてびっくり。先週の木曜日は50ミリオンで、きのうはまだ100ミリオンだったはずなのに・・・。まだ100だと思って、計算しつつ、キャベツ1個とパン一斤、トマト513グラムを買ったところ、467ミリオンジムドルといわれました。くっ。どうやっても、端数がでない。仕方なく3米ドル出したらおつりをジムドルでくれましたが、それでも端数のおつりがレジにない。で、スイーツでいいか?は?と思ったら、そうだったのか、それでレジの人がよくレジ前のスイーツを渡したりしていたのね。おつりの代わりにチューインガムをくれたのです。というか、考えてみれば、おつりないから、ガムでも買えということなんですけどね。「3個だから、好きな味選んで」といわれて、3種類の味(バナナと赤と黄色)を選んで帰ってきました。

Ca3c00010001b おつりのチューインガムはこれ。

 なんでこんなにいっきに下がったのかというと、一昨日、銀行の支払い限度額が引きあがったからとお伝えしましたが、確かに、今週200ミリオンジムドルまでに引きあがったのです。だから、その限度額を引き出したとたんに、皆が米ドルを買いにいく・・・。よってその額の分だけ正直にジムドルが下がるということなのでしょうか・・・。

 ところで、今日は買わなかったのですが、初日に買った10ロール一袋のトイレットペーパー。初日は200ミリオン(1米ドルが50ミリオンだったので、4米ドル)、きのう、400ミリオン(1米ドルが100ミリオンだから、同じく4米ドル)だったのが、今日、1米ドルが200ミリオンになったとたんに、何故か、940ミリオンジムドルになっていました。ついに便乗値上げが出たという感じです。これまでは割合米ドルレートに正直な価格だったんですけど。そういえば、こちらに住む知人によれば、ジムドル安の影響と関係なく、ものの値段は、ここ半年くらいで3倍に上がっているとか。いや、今日の買い物も3米ドル=300円なんですけど、なんだか、買い物するのが怖くなってきます。

 ちなみに、今日はキャベツとトマトしか買わなかったので、我が家の夕ご飯はキャベツの炒め物とキャベツとトマトのサラダ。インゲン豆のあえもの、日本から持ってきたひじきと切干大根の煮物でした。

●今回はじめての断水とコレラについておもったこと(17日執筆)

 キャベツを買った昨日(16日)から、断水になりました。ひねっても、うんともすんとも言わない。どうやら計画断水のようです。先週は、村に行くために、20リットルのポリタンクに水をいれ、5リットルくらいはいるジャー、1リットルのペットボトルに2本、2リットルのペットボトルを2本、さらに、1.5リットルくらいはいる水筒にお湯を用意したのですが、
村では、深井戸の水がまだあって、水は十分ありました。それで、毎晩お湯を水筒にいれてもらい、残ったお湯は空いたペットボトルにいれるということを繰り返していて、満タン状態でハラレに戻ってきました。

無駄だったわけではないんです。おかげで、今日の断水にも関わらず、水には困らずすごせました。(もっとも、おふろとか、食器洗いとかは、あきらめました)

 これをアップしているのは翌日ですが、まだでません。でも、コレラの話の続きではないですが、水がない状態がこれからずっと続けば、この地区でもコレラでるかもしれないなぁ、などと根拠のない不安がでてきます。それにわれら居候はめいわくの他ならないので、ホテルに移動しようかなとさえ考えてます。昔、阪神大震災のときに、救援にいったボランティアでめいわくをかけてしまうだけの人もいて、そのとき、被災者のお弁当を食べて、トイレを汚し・・と非難されていたのを、ふと思い出しました。
 

 16日の朝、DADAメンバーのHさんから、日本赤十字社がハラレのコレラ対策に、人と機材を送るというニュースが流れたと連絡がありました。日赤は、ずっと前から、HIV/AIDS対策で、派遣を続けていますし、心強いです。

 ところで、1ヶ月前くらいでしょうか、毎日新聞の家庭欄に、旅行先で病気にならないために予防注射をうんぬんという記事が載っていました。その記事では、確か、重症度と、緊急度とが縦軸と横軸になっていて、色々な伝染病などの説明がされているのです。で、よく見ると、コレラは、緊急度、重症度共に結構下のほう。そうなんですよ。コレラでは、死なない、と皆が言っていました。でも、この国では死者が出ている。食べられない人が多くなっていて、栄養が十分にいきわたっていないから、弱っている人がコレラにかかって死んでしまう。

 日赤もそうですが、こちらのテレビニュースでは、NGOのWが、750万米ドルの寄付をコレラ対策に出したと発表していました。先週の金曜日のニュースでは、コレラ対策に、アメリカとイギリスが軍隊を送る(国連軍?)と言っているが、必要なのは、Invationではなく、医者と薬だと、両国政府を非難していましたが、今週はその話題はどこかにいってしまいました。

 ではまた。

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二日分まとめて

 きのう(16日)は、雷でしたので、ネットにつなげず、更新できませんでした。今日まとめて送ります。ちょっと長いのですが、ご了承下さい。前半で「今日」とあるのは16日です。

●またまたジムドル安
一昨日、前受け金で受け取った朝刊ですが、週末にジムドルが下がったので、今日から新聞が値上がりしてないといいなぁと思いつつ、買いに行きました。

 これまでは、ラッシュアワーの7時半前には、新聞が売切れてしまっていました。ところが、先週の金曜日は9時ごろ、昨日は8時近くに買いに行っても残っていたので、さすがに50セントもする新聞(25ミリオン)は誰も買わないのかなぁと思っていました。

 が、今日、久しぶりに7時半前に買いに行っても、「ヤペラ」(もう終わったよ)とのひと言。そうですね。週末の間に、1米ドル=50ミリオンから100ミリオンに米ドル高・ジムドル安になったので、買い控えしていた人が一声に買いに着たのか、もとの新聞売りの状況に戻ってきたのです。皆さん正直ですね。

 でも、よく見ると、ないよ、と言ったお兄ちゃんの自転車のハンドルに下がっている袋の中に新聞がいくつか残っていて、何人かの人に渡しています。どうやら昨日のわたし達のように、「前受け金」で受け取る人の分はとっていたようです。ついでながら、わたし達は、前受け金は使い果たしたものの、一部売ってくれました。

 帰り道々、「ちゃんとしてるよなぁ・・」とあらためて感心しました。そういえば、知人(ジンバブウェ人)が自慢していましたが、「周辺国の人がここ(ジンバブウェ)に来ているけど、時々車とかがスタックしてしまって車中で2泊くらいすることがあるんだけど、車中泊というか路上で2泊しても何も起こらない(=強盗とかに襲われない)のは不思議だと思っているらしい」のだそうです。

 似たような話で思い出したのは、数ヶ月前に、世界の独裁者だったか強権政治とかいう特集を日テレでやっていて、その中にジンバブウェ・ムガベ大統領も登場するのですが、そのロケは、どうみても、最初から結論ありきの取材で、どうにかして独裁政治の現場を押さえたいという風に作られた無理のある録画だったと記憶しています。でも、ちょっとにんまりしてしまったのは、司会者(確かくりーむしちゅーの上田さんだったような)が、取材したスタッフの「ジンバブウェの人々は本当にいい人たちばかりだった」という感想を紹介していて、そうそう、皆、来てみてよ、とテレビに向かって話していたものでした。

●目を見るのは失礼

 テレビネタをさっき紹介したので、もう一つ、テレビネタを。

 こちらに来る前の12月7日、吉祥寺のコミュニティセンターで、カラ=西アフリカ農村自立協力会主催の、「アフリカ その豊かさと貧しさ」というテーマでパネル討論会があり、パネリストの一人として参加してきました。

 セネガル出身のタレントのマンスールさん(NHKアラビア講座のスキットに不定期で出演中です)と、カラ代表の村上一枝さんの3人で、それぞれ活動の紹介や、日本では知られていないアフリカのこと、何故アフリカはいつまでたっても貧しいの?アフリカの豊かさって、などというテーマでそれぞれ話をしました。

 そこで、私が紹介したのが、2月ごろ、山形に出かけたときに見たテレビ番組。世界の不思議ものを扱っている番組でした。そこに(正しいタイトルは忘れてしまいましたが)「ジンバブウエに存在する、文明との接触を拒否している村に鳥の足を持つ預言者の生まれ変わりの少女」とかいう紹介で、ある村が映されていました。

 その村に、イギリスの研究者が通訳と一緒に訪れるのですが、少しでも、ジンバブウェを知っている人には抱腹絶倒、茶番そのものな内容でした。というのも、まず、村の人が集まっているところを訪ねると、男性が一人もいないで女性と子供達だけが木の下に集まっていました。どうやら、男性は、牛を追いかけてでかけているとか。女性達は、こちらの質問に、「目をあわそうとはしていません」という解説がはいって、外界との接触を拒んでいるかのようですと紹介されます。

 でも、ちょっと待ってください。よく見ると、彼ら、Tシャツを着ています。外界と接触するのを拒む人たちがTシャツ着るのか?まぁ、きるものは別にしても、「目をあわさない」=「外界との接触を拒む」というのは、欧米の人の発想でしかありません。

 実は、この国では、(特に女性は)目を見て話したり、相手の顔を見るのは失礼という慣習があるのです。2000年頃、職業訓練校の卒業式に出た時のこと、校長先生から卒業証書をもらう時に、女性は、手を差し伸べながら、顔を横斜め下に向けて、伏せ目がちに軽くひざをまげてあいさつをするのです。それから気をつけてみていると、テレビなどの「●●贈呈式」などでも、同様で、子供達は、体は校長先生とかドナーの人の方・つまり前を向いているのですが、顔だけはそむけているのです。

 こんなこと、住んでいたら、すぐに気がつくこと。この「研究者」(男性でしたが、それはあまり関係ないと思います)は何を見てきたのか・・・、研究者というのもやらせなのかな?と思ってしまったくらいです。

 12月7日のパネル討論会で、このエピソードを紹介しようと、事前の打ち合わせで話をした時、マンスールさんも同様のことを言っていました。セネガルでも同じで、「相手の目を見るのは失礼」なのだそうです。相手の目を見て話すのは欧米の習慣。それが全世界の共通と考えるのは間違ってますね、と。

●パンツスタイルはだめ

 同様に、アフリカに行く人は、いわゆるサファリルックのような格好をしていく人が多いのですが(帽子にスラックス)、女性の場合、農村では、スラックス、とりわけ身体にぴたっとしたジーンズなどをはくと、「娼婦」と見られかねないということも、セネガルもジンバブウェも同じだとわかりました。最近は、現地NGOの女性スタッフもスラックスをはきますが、それでも、だぶだぶの、足をそろえて立つと、一見ロングスカートをはいているとしか見えない、身体の線が見えない形のデザインを着ています。もちろん、都市では、皆、身体にぴったりのジーンズをはいていますが、田舎に行く時は、ジーンズを着ないか、着てもその上から布を巻いていきます。その反対に、胸がトップレスになっても、田舎ではかまわない。母性の象徴だからなんですね。

 いや、実は私も、1995年ごろは、そんなことまったく知らず、アフリカだからパンツスタイルのほうがいいだろうというまったく根拠のない理由でパンツで行動していました。もちろん、村の人は何もいいませんでした。だって、私らは外国人でお客様だから・・・

 でも、2000年にこちらに住むようになってショナ語を勉強し、そうした習慣を習うようになって、村に行く時に、スカートの上から布を蒔くと、村の人の態度が一変して、「どうして(布を巻くことを)知っているの?」とか、「そうなの。最近は、若い子は皆ジーンズとか平気ではくけど、女性のたしなみとしてはこれが重要なのよね」などと、一声に話しかけてくるのです。

 教えてくれればよいのに、などと思ったりもしましたが、考えてみたら、何も知らない外国人に、あれこれ言うのは失礼と思っていたのでしょう。そういうところ、日本人にも通じるものがありますよね。世界中同じなのかもしれないです。

 ところで、話は変わりますが、こちらのサッカー女子代表チームの名前は、マイティ・ウォリアーズ。(男子チームの名前は、ウォリアーズです) 彼女達の練習風景が、国際試合の前日とかにテレビ放映されるのですが、皆のいでたちは、テニスのスコートのような短いプリーツスカートの下にぶかぶかのジャージをはいています。日本の友人は、「私の高校時代の通学スタイルだよ」と言っていましたが、そのいでたちで、選手が行くところは、美容院。きれいにブレードを編んでもらって試合に備えます。そんなおしゃれに気を使う彼女達はとてもチャーミングですよね。

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2008年12月16日 (火)

支払いはガソリンのクーポンで

●ガソリンクーポン

 いや、冗談かと思って最初は聞いていたのですが、本当でした。
いま、ガソリンは、クーポンが出回っていて、20リットル単位で売ってくれます。そのクーポンを持って、指定のガソリンスタンドに行くと、ガソリンを売ってくれます。マシンゴの場合は、指定先のスタンドが交代するようです。

 前のブログで、支払いは米ドル、おつりは南アランドと書きましたが、それは、ライセンスを持っていて、外貨での支払いを受け付けても良いと言われた業者に限られます。ライセンスがないところは、ジンバブウェドルで受け付けるしかない。

 でも、ジンバブウェドルの価値は、毎日下がり続けてる。そこで出た苦肉の策が、「ガソリンクーポン」。本当の話です。でも、クーポン券は20リットル=20米ドル単位なので、端数が出る場合はどうするかって?その場合、多めに払って、前受け金となります。

●前受け金制度?

 この前受け金扱い。スーパーのレジでも、おつりがない場合は、レシートの後ろに書いてもらって、次に買いに来るときに、そのレシートを見せて買い物をするそうです。

 レシートはないけれど、私は、新聞でやりました。
金曜日の朝、新聞を買おうとして、日刊紙ヘラルドは25ミリオンなのですが、持っている紙幣が50ミリオンしかなく、売っているお兄さんはおつりがない。

 で、彼いわく「じゃぁ、月曜日にその分を」。。。。。
ということで、今朝、一応お金を持っていったんですが、顔を見るなり、朝刊を渡してくれました。まぁ、毎朝買う、顔見知りのお兄ちゃんだからなのかもしれないけれど、こういうの、ありがたいなぁというか、いいよなぁと思ったりします。

●マシンゴは南ア・ランド圏
 ところで、マシンゴのスーパーで驚いたのは、ここは、南ア圏というか、ランド圏だったのです。ハラレでは、「ドル・ショップ」と呼ばれる、すべて輸入物で米ドル表示しかしていない店を除き、大概の店では併記、または価格はジムドル表示で支払いを米ドルでもジムドルでもどちらでも受け付けるというものなのですが、マシンゴで地元スーパーとして大手の「ツンガイ」では、表示がすべて「R」(=ランド)だったのです。最初、中にはいってR20と書いてあるのを見た時、え?R25?とフリーペーパーしか思いつかない私がいました。

 マシンゴは、南アフリカとの国境ベイトブリッジから首都ハラレにつながる幹線道路(R1)(←ランドじゃないです、ルート1)が通るからか、南ア圏なのですね。ここの人は、ハラレよりブラワヨ(こちらも南ア圏)のほうが近いと感じているようですし。(距離はどちらもほぼ300キロ)

 でも、ランドにしろ、米ドルにしろ、外貨レートの変動のスピードはハラレのほうが多いようです。ちなみに、先週の金曜日の朝までは、1米ドル50ミリオンだったのですが、週末には1米ドル100ミリオンになったようで、一部では2
00ミリオンとも言われています。ハラレの話です。

 スーパーに行くと、先週50ミリオンジムドルで買ったキャベツ1個が今日は100ミリオンジムドルに。200ミリオンジムドルで買った10個入りトイレットペーパーが400ミリオンジムドルに。いずれも、米ドルで計算するとそれぞれ1ドル、4ドルのままです。

 今週、ジムドルが下がったのは、金曜日に、銀行の一回あたりの引き出し額の限度が引き上げられたらしく、それで多くの人が引き出してすぐに米ドルに交換するため、米ドルを買い求めたことで、米ドル高に拍車がかかったようです。

 ちなみに、ハラレ~ブラワヨのバスは、150ランド(15米ドル)。ハラレ~グエルが100ランド(10米ドル)だそうです。

長すぎたので、今日はここまで。
先週行ったシャシェ村の報告は明日にまわします。

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たのみの綱はミルトン

コレラの話の続き。

予防については、安全な水と飲むことが必須なのだけど、水道がないとか、水道も一部では消毒が完全ではない状態のところもあるようで、煮沸をして飲むか、浄水することが必要。一応、浄水用の薬を持ってきたのだけれど、こちらでは、何もない時は、哺乳瓶などを消毒するために売っている「ミルトン」を使うといいと教わりました。ミルトン、姪っ子の哺乳瓶消毒に使ってましたね。あれだと、それが浄水の役目になって、飲用が可能になるのだそうです。知らなかった。

あと、患者が出た時に、きているものとかを消毒するのに、いわゆる塩素系漂白剤を消毒に使うといいらしい。患者にならないことを祈るのみですが。

なんて書くと、ものすごく心配されてしまうし、うちの家族の話だと、新聞に写真つきでコレラのニュースが出ているとかで、なんだか、国中の人がコレラで苦しんでいると思われてしまうかもしれないけれど、基本的に、上下水道がちゃ
んと機能できていない地区が被害にあっているというのが私の理解です。

その範囲は広がっているのかもしれないけれど、浄水場の検査とか、感染した人へのキット配布とかは、ユニセフが、政府に代わって動いているそうです。

ユニセフに寄付をしようと考えている方は、ぜひぜひ「ジンバブウェに」とひと言添えてください。

Ca3c000200012b ミルトンの写真、これです。日本のミルトンと違って、絵がありませんね。

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2008年12月12日 (金)

コレラよりマラリア?

ハラレのコレラは、おもったより深刻で、環状線であるハラレドライブという道路があるんだけど、その外側と内側という区別をよくすることがあるんだけど、内側でも発症者がでているとか。

発症したら、当然隔離されるんだけど、その病院がどのくら機能しているか、見てない人にはわからなくて、自宅で点滴と安静にしていることでしのぐという人もいるとか。もちろん、点滴が手に入る人の場合ですが・・・。

滞在者でない自分達がコレラにかかって、大使館とかに迷惑をかけないようにしなくてはと思っていたんだけど、別の人にいわせると、マシンゴだったら、コレラよりマラリアですよ、と・・・。

そういえば、雨季のジンバブウェは久しぶりなのです。
気をつけます。

今日から村にいきますので、報告は来週に。

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値段表示はジムドル、支払いは米ドル、おつりは南アランド

水曜日に到着して最初に直面したのが、両替。
噂では、1米ドルが50ミリオンジンバブウェドル、つまり5千万ジンバブウェドルという話なのですが、銀行では、1米ドル良くて40万ジンバブウェどる。これで換えようと思う人はいないだろう・・・。

で、米ドル支払いが可能なところが出てきたと言う話だったので、いってみたら、確かに、米ドルとジンバブウェドルの併記がある店が多い。でも、大変なのはおつり。ジンバブウェドル札が全然ないらしい。銀行にもない。誰が持っているの?

おつりをレートが悪くてもジンバブウェドルでもらおうかと思ったら、「ない」。
計算して、手持ちの米ドル札でぴったりになるようにしてレジへ。

でも、きっちりしているところがこの国で、端数があったんだけど、ジムドルはなくて、南アランドでおつりをくれました。

別の日には、ちょっと4米ドルオーバーしたんだけど、おつりがないから、4米ドルでおまけしてくれた。

大きなスーパーだと、外貨専用レジ、ジンバブウェドル専用レジとわかれていて、ジンバブウェドル専用レジはがらがら。ためいきがでます。

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2008年12月 6日 (土)

来週から、ジンバブウエに出張します。

ご存知のとおり、ジンバブウェは、いまものすごいインフレで、ついに外貨でモノが売られるようになってしまいました。それも、地域でかなりの差がでており、主食であるミリミリと呼ばれる白とうもろこしの粉が10キロ7米ドルするのですが、それが首都近郊の旧黒人居住区になると、13米ドルという値段になるという状態です。(当然ですが、外貨を持っている人など限られます)

コレラの情報もでていますが、これは、断水があちこちでおこっており、水洗トイレが普及している都市でおこるべきして起こった状況だと思えます。

電気も、首都ハラレと第二の都市ブラワヨの一部だけしか通電していないようで、電話もFAxも携帯電話もまったくつながらない状態です。

そんななか、ボツワナやナミビアといった近隣国が、現政権を引退に追い込むため、輸出をストップ(いわゆる兵糧攻め)にするという噂もでています。けれども、そうしたことをおこなっても、政治家はまったく痛くもかゆくもなく、しわ
よせは確実に普通の人々にいってしまいます。

この5月に訪問した時の収穫の様子から考えると、多くの村と同様、支援先の村でも食べ物はそこをついていると思われますし、なにより、種が買えずにいるのではないかと思っています。DADAができることは限られており、支援できる額=支援できる人々の数も少数で、一部の人に偏るのでは、かえって混乱を招きかねないため、食料ではなく種などの支援にまわしてもらうのが良いのではないかと、今は考えております。どちらにしろ、訪問してAZTRECの意見を聞いて、判断したいと思っております。

当分の間、このような状況は続くと思われます。DADAでは、【種支援基金】を作っておりますが、今回もここから支援をおこないたいと思います。同時に、この基金は、種の買い付けだけでなく、保存(種保存庫支援)や、普及(ワークショップ参加など)など、種に関わる活動全般に使わせていただいています。今後は、突然の事態に対応できるよう、プール金のような役目も荷わせたいと考えております。

ずうずうしいお願いですが、ぜひ、この【種支援基金】に、ご協力をお願いいたします。

DADAの口座は以下の通りです。ぜひ、ご協力をお願いいたします。

東京三菱UJF銀行 調布支店 普通口座 1858435 口座名義 ダダ

郵便振替 口座番号 00160-3-499558 口座名義 アフリカの開発のための対話プロジェクト

(SUPAカレンダー20部預かり、残り僅かです。発送は12月末になりますが、ぜひ、こちらもご協力お願いします)

お問合せは、事務局dada-afirca★nifty.comまで。(★を@に変換してお送り下さい)

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