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2008年7月 8日 (火)

1ヶ月前の原稿を読んで考えたこと

 事務局便りをご覧頂いた方には、もうお知らせしたのですが、アジア太平洋資料センター(PARC)という団体が発行している『オルタ』のAround The Worldというコーナーに、「ジンバブウェ 混迷を深める政局と市民生活」というタイトルで原稿を書きました。(発行元PARCのURLはこちら。)

 DADAのメールボックスに届いた『オルタ』を読みながら、この1ヶ月のことを考えていました。

 原稿は、締め切りが6月10日だったので、決選投票の日程が決まったという時点での原稿なのです。チャンギライ氏の決選投票辞退もまだ表明されていない時期です。

 原稿を書いたのは、ついこの間、まだ1ヶ月経っていないというのに、状況は大きく変わってしまっています。ノスタルジーという意味ではなく、もう戻れないんだなぁと、なんだかものすごく、悲しく、情けなく、そして、どどっと落ち込んでしまいました。(いや、私が情けながっても落ち込んでも、どうにも仕方ない話なのですが・・・。)

 タイトルの、『混迷を深める・・』というのは、書いた時点では、そんな風に落ち着いていえました。もうそんな悠長なことは言ってられないです。これまでも、野党支持者による与党支持者への暴力も少数だがある、という報告がでていましたが、昨日読んだNGOのレポートによると、野党支持者が、与党支持者を殺害した(正確には、殴った後放置していて、病院に連れて行かれる途中で死亡した)という報告が載っていました。

 土曜日に古い友人に会い、『今のジンバブウェは、年末のケニアみたいなの?』と聞かれました。暴動という点では、似たように思えますが、決定的に違うのは、今ジンバブウェで起こっていることは、権力の座にいる側が扇動して計画的・政治的にやらせているというもの。個々人が恐怖やら不満やらから暴動や暴力をはたらいて殺害に至ったケニア、そしてかつてのルワンダとはちょっと異なるのです。

 それだけに、現政権の責任は大きいのですが、逆に、報復合戦のようになってしまうと、手がつけられなくなる。解決の糸口が見つからなくなるのではないか・・・。そんなことを考えながら、他人事ながらも、生まれて初めて「あの日に戻りたい」と思いました。

 この1ヶ月であの国が失ったものは大きいのですが、たった一ヶ月ではなく、ここに至るには、本当にそれこそ植民地時代からの歴史があったのです。それについては、ちゃんと、皆様に伝わるように、一度なんらかの形でお伝えしたいと思っています。今は、あまり頭がまとまらないので。

 電話があまりつながらない現状では、もっぱら情報はネット。今朝方、ホワイトハウスのサイトで、タンザニアのキクエテ大統領とブッシュ大統領の対談が掲載されていましたが、ジンバブウェに強硬姿勢をとりたがるブッシュ大統領に対し、AUを代表してキクエテ大統領が、(AUは、すでに、与野党の両党首で話をしていくという方向で合意しています。)「多くのアフリカのリーダー達が、今回(ジンバブウェで)起こったことには、非情に不満を持っている。しかし、我々は、この件を解決に向けて前進させるということを合意している」と述べた上で、「おそらく(アメリカとAUとの)違いは、ことを前進させるかどうかという点でしょう。アフリカのわたし達は、(あなたたちとは)違った見方をしています。(もちろん、まだ議論の余地はありますが)」と、ジンバブウェの解決の道筋は、制裁措置などではなくて、あくまでも当事者(与野党党首)による話し合いから始める意思を際表明している場面がありました。

 昨日、書いたチャンギライ氏がムベキ大統領との会談を蹴ったという話ですが、別の報道によると、「AU議長も参加する次の会合には出席する」そうです。AU議長、洞爺湖サミットにも出席されていましたね。ムベキ大統領と一緒に、サミット後に、ジンバブウェ入りするそうです。

 あ、お約束していたPAPとAUの選挙監視団の発表と、AUの決議についても書かなくては・・・。また書きます。(お)

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