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2008年7月

2008年7月30日 (水)

 昨日の雷、関東の方は、大丈夫でしたか?

 おとといは、栃木や群馬などが大変なようでしたが、昨日は、東京でも板橋区で落雷が大変だったり、田端駅付近で落雷になって停電になり、山手線と京浜東北線が1時間以上止まっていたのをニュースで見ていました。

 いつも、東京ネタからジンバネタに摩り替えている最近のブログですが、今日も、ジンバブウェの雷の話です。

 ジンバブウェは、雷、ものすごいです。毎年、雨季が始まって1ヶ月ほどすると、新聞の一面右下に、日本の交番の壁に表示してあるような、【本日の雷による死者●●名、負傷者●●名】という表示が出ます。最初に見たときは、なにこれ?と疑うほどでした。が、すぐになっとく。あまり高い建物もないため、野原を歩いて帰宅中に落雷にあたって死ぬということもよくあるようです。稲光なんていうものは、日常茶飯事。ものすごい音です。

 一人暮らしの知人(複数)は、大概、一度は雷でパソコンを壊しています。雨だからついついメールをやるのでしょうが、電話線をつたって、雷が入ってきて、モデムを壊すらしいです。日本は、安全?そうでもないかもしれませんよ。皆様、ご用心下さい。

 地震・雷・火事・親父とはもう昔の言葉になってしまいましたが、ジンバブウェでは、少なくとも死語ではないと思います。本当に怖い、と感じる迫力があります。日本も、なんだか、熱帯化してきましたから、地震・雷・・・が復活したりするかもしれませんね。

 今日の毎日新聞で、チャンギライ氏とムガベ氏の協議がまたまた暗礁に乗り上げたという話です。でも、どうやら、チャンギライ氏に「第三副大統領」のポストを提示したとか・・・。これは、誰であっても蹴るでしょう、第三って・・・。う~ん。前途は多難なようです。

 NGOの協議会であるNANGOは、協議の内容が発表された翌日、さっそく声明を出しています。一番最初に書かれていることは、政党による単なるパワー(権力)シェアリングでしかない、と協議を批判。チャンギライ氏へも手厳しい批判をおこなっています。原文は、こちら.。NANGOは、かつてはとても穏やかな、緩やかなネットワークだったのですが、ここ数年、はっきりとものを言うようになってきました。欧米の団体が支援しているからかもしれませんが、でも、欧米のように単なる現政権批判だけではなく、こうした指摘もするようになって、たのもしいなと思っています。(お)

 

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2008年7月29日 (火)

会報8号はジンバブウェ特集

 原稿に追われてという言い訳を書いたので、うらづけみたいに、その「原稿」のお知らせです。

会報8号を発行します。今号は、「ジンバブウェ特集」

こっそり内容をお伝えすると、

・6月1日報告会を中心とした、ジンバブウェ報告(選挙&村の話)
・横山仁美さんのジンバブウェ情勢
・メディア・ウォッチの頁、最近のジンバブウェ報道から思うこと
・ジャトロ-ファと村の生活(インタビュー:田中嘉さん)
・ムビラ奏者のハヤシエリカさんの寄稿(順不同)

 そして、今号から、新連載で、「めざせ!自給率&地産地消 1%の頁」ができます。 第一回は、あしがら農の会です。以上、盛りだくさんの16頁です。

 ところで、印刷と発行作業を、8月3日(日)午後1時から調布市内の西部公民館で行います。もし、お時間がおありの方、ぜひぜひご参加下さい。

 ご連絡は、DADA事務局まで。dada-africa@mbp,nifty.com

 DADAトップ頁はこちらから→http://homepage3.nifty.com/DADA/

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花火

原稿に追われて、ブログが滞ってました。

このところ、花火大会があちこちでありますね。木曜日は荒川、土曜日は隅田川花火でした。調布でも、味の素スタジアムでイベントがあったらしく、10分ないくらいかな、自宅の二階から花火が見えました。これを書いている日曜日も、府中(競馬場の方向?)で花火があがっています。(すみません、アップするのが火曜日になってしまいました) 調布も花火大会が8月23日にあります♪

花火といえば、ハラレでも花火がありました。
大きいものは、8月の農業ショーと呼ばれる1週間の展示会があるのですが、その期間中に打ち上げられるものと、大晦日の夜に、シティセンターで打ち上げられるものです。

偶然にも、当時の我が家(アパートの7階)のベランダから見えるという幸運にめぐまれ、知人を招いて、即席の花火鑑賞会を開いたものです。

Photo 写真は、その時のもの。数や規模は日本の花火大会には及びませんが、中国の花火師の人が来ているという噂もあり、結構見ごたえのあるものです。

でも、ちょっと離れた地区では、花火は見えないのだけれど、音はするから、誰かが発砲しているのではないかと思ったそうです。ん~。当時は苦笑いだったんだけど、今では全然笑えない話になってしまいましたね。
(お)

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2008年7月22日 (火)

一日の時間の流れ

 夏休みになりましたね。皆様、昨日までの三連休はお休みできましたでしょうか?

 我が家そばには、北側には公立中学の裏門があって、南側には数軒離れたところに公立保育園があります。他にも、目の前の道路は、公立小学校の通学路だし、近くの市立保育園の送迎バスが、すぐそばに停まったりします。

 夏休みが始まった最初の週末だったせいか、昨日の朝は、静寂とよべるくらい、静かでした。普通なら、5時ごろに新聞屋さんがバイクで通り、6時前後に犬の散歩の人が多摩川に行ったり・戻ってきたりして、その後、7時過ぎから、朝練の中学生が集まってきて、8時前後に中学生とか小学生がどやどやと(本当にどやどやという感じなんです)通学して来るかと思うと、自転車の荷台に子どもを乗せたお母さんが、保育園めざしてもの凄いスピードで走ってくるし、市立保育園のバスを待つお母さん達のおじゃべりが聞こえてくる・・・。そんな感じで一日が始まります。

 で、うちの中の仕事が済んで、パソコンに向かってDADAの仕事を始める頃、保育園の園児が、集団で「お散歩」。これも、ガラガラという音と子どもの高い声ですぐわかります。そうこうしているとすぐにお昼過ぎになって、小学生の低学年が帰ってくる・・・・という風に、人の声が時計代わりになっています。

 そんなことを考えていたら、ふと、ハラレはどうだったかなぁと。

 ハラレにいたころは、毎朝、5時半~6時前に、警察の朝ランニングで目が覚めました。歌いながら走るんです。最初の頃は、驚いたのですが、翌年になると、こちらも落ち着いてきて、あ、この隊はまだ新人だな。歌声がばらばらだ、とか、うまく二重にハモった時は、おぉ!うまい!とベランダから見ながら、感激したり。ふと気がつくと、向かいのアパートの人も乗り出して、見ているではありませんか。

 朝ランニングのルートは毎日か、毎週変わっているので、こちらとしては、最初は驚きましたが、結構いいパトロールになってくれてるね、とのんきに話していました。もっとも、それは、昔の話ですし、地域によっても違うでしょうが。

 一日の時間の流れといえば、私は、朝ランニングが一日の始まりの音ですが、普通のジンバブウェの人は、もっと早起き。4時5時から家を出て、バスに乗って都心にきてバスターミナルから1~2キロ歩いて職場に行きます。

 私も、帰国する際は、大概朝の7時過ぎのフライトなので、うちを出るのが5時半ごろ。夏というか乾季はいいのですが、冬は朝が遅いから、まだ真っ暗の中タクシーに乗ります。でも、街の南側から北側に向かって、たくさんの人が歩いているし、通り沿いのアパートは大概電気がついている。早起きの町だなといつも思っていました。

 アパートにいる人も、朝起きるとすぐに洗濯を始めるし、前にも書きましたが、我が家の水道のラッシュアワーは6時半過ぎから午前11時頃まで。ちょっと遅くなって洗濯しようものなら、最上階だった我が家の部屋までは水があがってき
ません。 11時すぎると、またちょっと復活する。でも、すぐにお昼時だし、午後は午後で、洗濯二回目になるから、またすぐ断水します。乾季になると、貯水池になっているダム・湖の水が減るので、その傾向が強くなっていました。

 でも、我が家はまだいいほうで、階下の外の水道までは水が来ているので、降りていって、蛇口をひねれば水がでる。正確な意味で断水ではなかったですから。

 お、長くなってしまったので、この辺で。
 明日とあさっては、ちょっと更新難しいかも。金曜日にはまたがんばります。(お)

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両者ようやく対話のテーブルにつく

 日本の新聞でも報道されていたので、すでにご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、ムガベ氏とチャンギライ氏が、2000年の選挙後、初めて同じテーブルに着きました!毎日新聞の報道はこちら。(リンクは毎日新聞社のサイトに飛びますが、ある一定の期間が過ぎると無効になりますのでご了承下さい) 

 この報道によると、両者が顔をあわせたのは99年以来ということだそうです。そうかぁ・・・。2000年の総選挙で、実はMDCが勝っていたのではないかという噂も流れました。MDCは選挙が無効だと主張してきましたし、その後の2002年の大統領選挙も、同様で、オバサンジョ・ナイジェリア大統領やムベキ大統領の仲介があっても、話し合いには応じてきませんでしたから、報道どおり、国の状態があまりにひどいので、ついに決断したのか。あるいは、このままでは、どうやっても5年間は、この状態なので、ここらで打開策を(連立政権の話もでているそうです)と考えたのかも知れませんね。

 今回の合意は、対話を進めるということに関する合意であって、まだ何も決まっていないのですが、ZANU-PFとMDC(チャンギライ派とムタンバラ派双方)との間で、合意し、当事者として、ムガベ氏、チャンギライ氏、MDCーAMのムタンバラ氏の3者の間で、今後のジンバブウエの解決に向けた議論するということに対する合意をしたとのことです。

  南アフリカ政府が発表した、合意文書は、こちら(All Africa Com)

 先日、この対話に向けて、MDCのNo2であるビティ氏(拘束されていた方です)が南アにいって、与党関係者と協議し、その準備をしていた時は、両党が協議を行うことを決めるためにまず議論を行おうと、その準備のための会議ということで、Talking about the talks about talksと揶揄されていましたが、この【トーク】が実践につながることを切に願うものです。

 とにかく、インフレがちょっとでも止まること、避難している人が、(精神的には対策が追いつかなくても)物理的に帰れる治安の確保ができることを祈るのみです。(Oz)

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アフリカと日本の開発のための対話プロジェクト
Dialogue & Action for Development Alternatives in Africa and Japan  (DADA)
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2008年7月17日 (木)

マナ

すみません。次の更新は火曜日と書いておきながら、水曜日(しかももう木曜日の未明)になってしまいました。

IRINという国連人道調整局が発行している人道問題の報道と分析のニュースがあり、希望者には配信してくれます。昨日、届いたニュースのタイトルが、「天国からのマナ(マンナ)」というタイトルでした。(原文はこちら

マナ?キリスト教のあのマナ?と思って、読んでみたら、どうやらこの値上げの最中に、物資がスーパーに届けられたという話のようです。(まだ途中までしか読んでいないので・・)

それで、思い出したのが、宗教の話。
ジンバブウェのデータを読むと、宗教は、「部族宗教、キリスト教」(外務省ホームページ)と書かれています。確かに、多くの人は、キリスト教徒で、どこの家庭でも日曜日は、おしゃれをして、教会に一家総出ででかけます。

日曜日は、車の洗車をしていたわたし達でしたが、その横を通るときに、あいさつされ、「教会には行かないの?」とたいがい聞かれます。ここで無宗教だなんていうと、理解不能という顔をされて、また議論になりそうなので、大概は、
「自分の宗教の教会はこの国にはないから、家で毎朝お祈りしてる」とごまかしています。(まぁ、仏様というかご先祖様に毎朝ご飯を出すのと大して違わないと思うので)

とはいうものの、ジンバブウェの宗教はただのキリスト教ではなく、もっと奥が深い話なのです。

私のショナ語の先生だったCさんによれば、こちらの教会では、信者は「ビール禁止」なのだそうですが、その理由が、「ビールを飲むと、胸にある(閉ざした)扉が開いて、悪い宗教が顔を出す」のだそうです。教会にとっての悪い宗教とは、つまり、部族宗教のことです。まぁ、ライバルのことを悪く言っているのでしょうが、やはり、どこまでいっても、部族宗教を払拭できないということをわかっているのでしょう。

確かに、この国では、二重の信仰があって、部族宗教とは、「宗教」という名前でかたられますが、生活に密着している人びとの根底にあるものだと感じます。

たとえば、アンブヤ、(もともとの意味は、”おばあさん”)とよばれる、霊媒師、スピリットミディアムは、何かあった時に相談する重要な人ですし、ンガンガとよばれる、呪術師(アフリカン・ドクター)は、普段西洋のお医者さんにかかっている金持ちであっても、西洋の医術で治らないとなると、必ず、ンガンガのところに行くという人が多いようです。まぁ、日本でも、西洋医学に見放されたり、余命数ヶ月といわれた人が民間療法で治ったという話はいくつもあります
し。

知り合いに、ンガンガであり、司祭でもある人がいるのですが、彼の話はまた今度。

選挙直前に釈放されたMDCのビティ事務局長は、快方されたようで、先日南アフリカでの話し合いに出席した模様です。この件も、また今度。(お)

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2008年7月13日 (日)

自給という言葉で考えること

 金曜日に、講義をひとつさせていただきました。すでに一線で仕事をされていらっしゃる方ばかりですが、将来国際協力の場でも活躍したいと考えている方を対象におこなっている、ある省庁内での研修での講義でした。

 講義の冒頭で、「もし、今日職を失ったらどうする?」「自分自身の自給率はどのくらい?」という質問をさせてもらったところ、3分の一くらいの方が、配偶者の実家から米を送ってもらっているので、米に関しえは100%。とこたえていらっしゃいました。

 国の食料自給率というのは、カロリーベースで、流通されているものを対象にしているようで、去年の沖縄での国際協力フェスティベルの準備でも感じたことですが、こうした数字には、自給自足の部分はカウントされていないのではないかと思います。(数字になってないですしね。)

 国の食料自給率というのは、あくまでも流通~市場~政策の話であって、それがどんなに高くでも、自分が食べるという地点まで話がさがってこないことには、いつまでたっても無関係なわけです。

 また、自給というものを、自らが作るという視点だけで話をすると、畑や庭のない人、ベランダ栽培が出来ない人は、自給ができないことになる。自給の概念って何だろう?といつも考えてしまいます。
 
 自分が食料を作るという行為だけでなく、人脈・地脈を使って、食料が確保される、という状況を自給といってもいいのではないかなと、思ってみました。

 それは、ジンバブウェを見ていると、よけいにそう思います。というのも、まず、

Pa170241   ジンバブウェでは、都市でも、菜園がさかんである。 →→→→ そうなんです。アップタウンの住宅でも、庭に果物の木がたくさんなっているし(写真)、ダウンタウンに行けば、いわゆる団地の空き地のようなところがありますよね?あと、前庭。家の周囲のあらゆるところがところせませいとメイズやトマト、玉ねぎやあさつきのような細いねぎ(春ねぎと彼らは呼びます)がなっている。時には、交差点の道路と道路の間の細い空き地に誰かが作ったメイズがあったりもします。

 同時に、都会といえども、田舎との密接な関係は、個人差があり、主食はほとんど仕送りしてもらっているという家庭も少なくありません。

 もちろん、人口が増えるにしたがって、田舎との関係が希薄になる人も増え、そうした関係がない人は多数います。ジンバブウェでは、故郷のことをよぶ時、「ムシャ」という言葉を使うことがありますが、「家」を表わす「インバ」とは異なる意味で、どちらかというと、故郷とか実家という感覚で使われています。

 ムシャ、つまり農村や田舎の親族との関係が密接な人は、何かあるとムシャに帰りますし、特に、男性は、10月頃、雨季直前の時期に、種まき前の畑の開墾を手伝いに帰る人が多いです。

 インフレがある程度まででおさまっていた時期は、こうしたムシャからの仕送りで助かっている人がたくさんいました。ムシャがない人にとっての値上がりは、それこそ厳しいものなのですが、それでも、多くの人が、まだまだ大丈夫だったのは、田舎からの食べ物の仕送りが多いことがあったと思います。

 それが、ここまでインフレがひどくなってくると、バス代も異常に値上がり、誰もムシャに帰れない。ムシャから食べ物を送ってもらうこともできなくなるわけです。

 今年は、雨が多くて、収穫がだめだった地域と、雨が途中から降らなくなってやはりだめだった地域とが多いのですが、それでも、1年分の食料は確保している地域もあります。親は農村に住み、町に子どもを住まわせて学校に通わせている知り合いの家では、町にいる子どもが食料を買わずに済むよう(現金を使わなくて済むよう)、しょっちゅう食べ物を運んでいましたが、それも、今は、町に行く人も減ってきて、頼める人が少なくなってきたと困惑していました。

 スーパーの棚に食料がないのは、食料が存在しないのではなくて、国内で作られた食料が、ストックされたままだったり、国外で売られてしまうのが一番の理由ですが、(その証拠に、下町に行くと、闇で多くのものが手に入るわけです)、たとえ棚に並んだところで、かえる値段ではなくなっていることを考えると、「貧しい」とかいう感覚ではなく、「不条理」に思えてきます。

 すみません。AUなどの決議についてのブログ、まだでしたね。今日と明日、小田原に、「アジア農民交流センター」の合宿に行くので、ブログはお休みします。次は火曜日になります。(お)

 補足: ご存知の方もいらっしゃると思いますが、「しょくりょう」と書くとき、DADAでは、「食糧」ではなく、「食料」の字を使います。これは、「食糧」が穀物を表す漢字に対して、「食料」とは食べ物全般を表すもので、アフリカでは、主食が、穀類だけでなく、芋、豆、バナナと多様なため、「食料」とするほうが適しているという考え方に基づくものです。

 

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2008年7月10日 (木)

村の夕日

 昨日、お休みしました。

 前にも書きましたが、こんな状況になってしまっていると、ちょっと前の話でさえ、昔の話のように思えてしまうし、のどかな話を書いても、のんきととられてしまう(と、自分で思ってしまう)ので、じゃぁ、何を書けばいいのか・・・と自問自答してしまいます。

 今、実は、明日の農水省でおこなわれる研修の講義準備をしているのですが、一枚、とても美しい写真がありましたので、お届けします。

Ts311256 キャプションはつけません。キャプション次第で、どうとでも読めてしまうので・・・・。シャシェ村での風景です。(お)

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2008年7月 8日 (火)

1ヶ月前の原稿を読んで考えたこと

 事務局便りをご覧頂いた方には、もうお知らせしたのですが、アジア太平洋資料センター(PARC)という団体が発行している『オルタ』のAround The Worldというコーナーに、「ジンバブウェ 混迷を深める政局と市民生活」というタイトルで原稿を書きました。(発行元PARCのURLはこちら。)

 DADAのメールボックスに届いた『オルタ』を読みながら、この1ヶ月のことを考えていました。

 原稿は、締め切りが6月10日だったので、決選投票の日程が決まったという時点での原稿なのです。チャンギライ氏の決選投票辞退もまだ表明されていない時期です。

 原稿を書いたのは、ついこの間、まだ1ヶ月経っていないというのに、状況は大きく変わってしまっています。ノスタルジーという意味ではなく、もう戻れないんだなぁと、なんだかものすごく、悲しく、情けなく、そして、どどっと落ち込んでしまいました。(いや、私が情けながっても落ち込んでも、どうにも仕方ない話なのですが・・・。)

 タイトルの、『混迷を深める・・』というのは、書いた時点では、そんな風に落ち着いていえました。もうそんな悠長なことは言ってられないです。これまでも、野党支持者による与党支持者への暴力も少数だがある、という報告がでていましたが、昨日読んだNGOのレポートによると、野党支持者が、与党支持者を殺害した(正確には、殴った後放置していて、病院に連れて行かれる途中で死亡した)という報告が載っていました。

 土曜日に古い友人に会い、『今のジンバブウェは、年末のケニアみたいなの?』と聞かれました。暴動という点では、似たように思えますが、決定的に違うのは、今ジンバブウェで起こっていることは、権力の座にいる側が扇動して計画的・政治的にやらせているというもの。個々人が恐怖やら不満やらから暴動や暴力をはたらいて殺害に至ったケニア、そしてかつてのルワンダとはちょっと異なるのです。

 それだけに、現政権の責任は大きいのですが、逆に、報復合戦のようになってしまうと、手がつけられなくなる。解決の糸口が見つからなくなるのではないか・・・。そんなことを考えながら、他人事ながらも、生まれて初めて「あの日に戻りたい」と思いました。

 この1ヶ月であの国が失ったものは大きいのですが、たった一ヶ月ではなく、ここに至るには、本当にそれこそ植民地時代からの歴史があったのです。それについては、ちゃんと、皆様に伝わるように、一度なんらかの形でお伝えしたいと思っています。今は、あまり頭がまとまらないので。

 電話があまりつながらない現状では、もっぱら情報はネット。今朝方、ホワイトハウスのサイトで、タンザニアのキクエテ大統領とブッシュ大統領の対談が掲載されていましたが、ジンバブウェに強硬姿勢をとりたがるブッシュ大統領に対し、AUを代表してキクエテ大統領が、(AUは、すでに、与野党の両党首で話をしていくという方向で合意しています。)「多くのアフリカのリーダー達が、今回(ジンバブウェで)起こったことには、非情に不満を持っている。しかし、我々は、この件を解決に向けて前進させるということを合意している」と述べた上で、「おそらく(アメリカとAUとの)違いは、ことを前進させるかどうかという点でしょう。アフリカのわたし達は、(あなたたちとは)違った見方をしています。(もちろん、まだ議論の余地はありますが)」と、ジンバブウェの解決の道筋は、制裁措置などではなくて、あくまでも当事者(与野党党首)による話し合いから始める意思を際表明している場面がありました。

 昨日、書いたチャンギライ氏がムベキ大統領との会談を蹴ったという話ですが、別の報道によると、「AU議長も参加する次の会合には出席する」そうです。AU議長、洞爺湖サミットにも出席されていましたね。ムベキ大統領と一緒に、サミット後に、ジンバブウェ入りするそうです。

 あ、お約束していたPAPとAUの選挙監視団の発表と、AUの決議についても書かなくては・・・。また書きます。(お)

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2008年7月 7日 (月)

周辺国の反応(その1:SADC)

 洞爺湖サミットが始まりましたね。先週末6日のジンバブウェの新聞ジンバブウェ・スタンダード紙によると、サミットに出席する南アのムベキ大統領は、途中ハラレに立ち寄り、ムガベ氏、MDCーAM派の代表、アーサー・ムタンバラ氏他と会談したようです。MDCーMT派のチャンギライ氏は欠席したと伝えています。

 いわゆる「国際社会」と自称するG8や先進国が、ジンバブウェの問題を取り上げているのは、すでに新聞やテレビ報道などでご存知と思いますが、今日から、少し、SADCやAU、そして他のアフリカの国の首脳は、ジンバブウェの状況に対してどうコメントしているのか、少しずつ報告したいと思います。(そうは言っても、情報源は、皆様と同じネットねたですが・・・、原文にたどり着いたものだけをご報告するつもりです。)

 まず、前からご報告すると言っていたSADCの選挙監視団レポートです。

 SADCは413名の監視員を送り、全州に配置させました。その報告では、

<暴力について>

・決選投票までの機関に、政治的に扇動された暴力や脅迫があったと認められる。その結果、人命が失われ、重傷を負った人々、財産を失った人々がいる。警察はこうした動きを阻止したり、犯人を捕まえるには至っていない。

・暴力は、全国で均一的に起こっているわけではない。主に、東マショナランド州、西マショナランド州、中央マショナランド州に、マニカランド州、マシンゴ州、そしてハラレでの被害が顕著である。

・こうした状況は、多くの人を国内避難民*にさせ、投票への参加を大きく減少させる結果となった。

・SADC監視団は、投票日直前の6月25日に、国内に広範に広がっている政治的に扇動された暴力に憂慮していること、とりわけ政府と与党支持者にこうした暴力を止めるようアピールをおこなった。

<選挙運動について>

・野党の選挙運動については、妨害があったと認める。とりわけ、裁判所の判決があったにも関わらず、ラリーに対する担当行政(警察)が妨害したと見られる。

・政府メディアは、一方の候補者のみの広報を掲載しており、野党の選挙広告を一度も掲載していない。

・SADC監視団の活動は、大きな支障なく遂行できたが、一部では、監視員が嫌がらせを受けたという報告もあがっている。

<投票日当日>

・当日の投票は、比較的平穏であったといえる。投票所では、与党関係者が目につき、3月29日と比べると、ジンバウブェ人監視員(原文:local observer)はほとんどいなかった。**

・いくつかの投票用紙には、投票ではなく、”神がこの国を祝福されますように”、”自由で公正な選挙にしよう”、”独裁にNOを”などと意思表明をした言葉が記されているのを目にした。

・3月29日と比べて、投票率は低かった。

<まとめ>

・投票に至るプロセスは、政治的に扇動された暴力や嫌がらせ、追放などが目立った。

・6月27日までの状況は、SADCの基本ガイドラインの条件を満たしているとはいえない。

・しかし、当日は平和であった。

・こうしたことから、選挙プロセスの信頼性には、疑わしいものがあり、選挙は、国民の意思を表してはいないと言わざるを得ない。

<提言>

・国民も含めた当事者間での対話によって、解決されるべきである。

・そのためにも、SADCの仲介は今後も継続されるべきであり、とりわけ、現地での現状打開のためのメカニズムを設置すべきである。

以上です。続きはまた今度。このほか、PAPとAUの報告をお伝えします。もっとも、こんな報告ばっかり書いて何になるんだ?と自分でも思うのですが、でも、なにもしていないというのも落ち着かなくて・・・。(お)

********

 *避難民の数について:今日の毎日新聞では、国内避難民が20万人、殺された人の数が90人と報道されています。

 ** 3月29日には全投票所に選挙監視ボランティアを送った、NGO、ZESNは、決選投票ではボランティアを送っていません。ZESNのステートメントが出されていますので、詳しくは、またブログに書きます。

 SADC選挙監視団のレポート原文は、こちら  (頁の下方にリンクあり)。

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2008年7月 6日 (日)

HIV/AIDS活動は停止命令外、でも・・・。

 6月30日のブログで、6月4日にジンバブウエ政府が、NGO活動停止命令を出したことをお伝えしましたが、その続報です。

 その通達では、全NGO活動停止命令と全NGOの登録凍結と再登録の義務が伝えら得ましたが、その一番の理由として、PVO法違反(具体的には、政治活動を展開して、コミュニティを扇動しているというもの)を行っている団体があるというものでした。

 ジンバブウェNGO協議会(NANGO)は、実際にPVO法に違反しているNGOの具体名や詳細を明らかにするよう、要請していましたが、6月13日(金)、公共サービス、労働、社会福祉省のSidney Mhishi氏 (Acting Permanent Secretary)が回答してたようです。

① フィールド活動の停止とは、NGOPVOの職員による地域(コミュニティ)での集会など、大人数を集める行動を行うことを停止するという意味である。

② フィールド活動の停止は、「PVO/NGOの登録抹消や登録禁止」を意味するものではない。

③ 人道的活動を展開するPVO/NGOの中に、政治活動を展開するというPVO法違反をしている団体があるという情報を受けている。そうした”真偽”が明らかになるまでPVO/NGO活動は停止とする、

④ 全NGOの活動停止命令は、現在調査結果が明らかになるまで行われ、政府は、通常の活動が再開できるよう、出来る限り早急に調査を行う。

⑤ HIV/AIDSなどで困難にある人びとへの抗レトロウィルス治療(Anti-Retroviral Therapy:ART)や、ホームベースケア(HBC)の活動は例外的に停止の対象としない、

⑥ コミュニティでの食料配給プログラムは、基本的にPVO/NGO主導の活動ではないことから、これも、停止対象とはならない。

⑦ NGOの本部事務所、地域事務所などの活動までも停止しているわけではなく、現地活動のみが停止の対象である、

⑧ ジンバブウェ憲法では、宗教の自由が保障されており、教会はPVO法のもとにある活動ではないため、今回の措置には含まれない。

*"Bill Watch special: Clarification on suspension of NGo field operatrions" Veritas June 19, 2008)より抜粋。http://www.kubatana.net. (Verlitasで検索) (仮訳:尾関葉子)

*****

 これまでも、PVO法の改定案などで、何度も、NGOの政治活動についての議論があがっていましたが、NGOの政治的活動に対して、政府の調査が入ったのは、今回が最初であると、NANGOは発表の中で言っています。

フィールドの状況

 本部、地域事務所の活動は対象外という政府の説明があったものの、実際には、NANGOのグェル(Gweru)地域事務所には、ジンバブウェ警察が訪れ、事務所を閉めるように強制したと(同NANGO発表)いう話ですし、

 PlusNews* の報道によると、Farm Orphan Support Trust of Zimbabwe(FOST)という団体は、フィールドでは、民兵や地方の警察官が「NGO活動は禁止されている」と、村への訪問を阻止されるという状況が続いています。

 

  *PlusNews:国連IRINニュースと同様、国連人道問題調整事務所が発行している人道問題とその分析のニュース。) 原文は、"Zimbabwe:AIDS organization still grounded" 1、July 2008

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2008年7月 5日 (土)

百聞は一見にしかず・・の続き

 昨日(というか、今日の深夜未明に)、百聞は一見にしかずとかから始まって、今の状況を実感できないとか何とか書きましたが、一夜あけて、ちょっと反省。というか、見えないものの中に大切なものをキャッチすることは、分野の違いこそあれ、皆さん、それぞれの「センサー」が働くんだと思うのですが、その「センサー」を、ちゃんと確かめていく作業って必要だなぁと思っています。

 その一つが、メディアなのかも。伝聞だけで書かれている記事とかよく見かけますが、それとて、自分の知っている分野だから、「あぁ、これは、伝聞だけで書いてるな」、とか、「ちゃんと原文(または現物)見てない・背景まで知らないで書いているな」とか思ってしまいますが、それは、知っている分野だから。自分の知らない分野だったら、「ふぅ~ん、そうなのかぁ」と思ってしまいますよね。

 100%ウソじゃない。でも100%真実でもない。そもそも100%の真実とかウソなんて、この世に存在しないのかもしれない。わたし達が見ているもの、読んでいるものは、事実の一辺でしかない。そこから、他の事実を想像するのは、わたし達自身に託されている仕事なのかもしれませんね。

 という長い前置きでした。ところで、皆さんは、何新聞とってらっしゃいますか?うちは、毎日です。

 その毎日新聞では、記者の方が、ハラレ入りして記事を書いています。毎日新聞のウェブにも載っていますが、新聞もぜひぜひ購読してください。いや、私は、別に、毎日新聞からお金もらってこんなこと言ってるわけじゃないんですよ。(むしろ、毎月4000円近く、購読料を現金で払っているし・・・・。) もともとA新聞で育った私で、他紙をとることになるなんて思いもしなかったのですが・・・。まぁ、それはいいとして、どうしてここまで書くか、

 というのも、日本の新聞では、どうしても欧米寄りの報道というか、時には欧米記事の受け売りか!?と言いたくなる記事が多くなりがちなアフリカ(ジンバブウェ)報道の中で、毎日新聞の記事は、ちゃんと取材して書いているという印象があるので・・・。

 先に書いた「センサー」だけでなく、「百聞は一見にしかず」ということを実践できる人ってそんなにいないんじゃないかなと、思いながら、いつも記事を読んでいる私です。こうした記事への評価があがれば、他紙も、変わっていくのでは?と思ったりもします。まぁ、1、2年で変わってしまう役所みたいな人事だと難しいかもしれないけど・・・。

 あ、このところ、載っているジンバブウェ記事は、昨日書いたような、平和の話は出てこないですよ。でも、今日の記事みたいに、緊急の事態、追い出されて森に逃げるというような事態でも、助け合っている人はいるんだということに、かすかな望みを抱きます。早く政治的解決がなされるように、念ずるだけの日々です。(お)

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ジンバブウェ批判の中で感じていること

 このところ、ブログに書く記事のソースが、新聞とかネットというのが、心苦しいのですが、今日もネットねたから。もっとも、ジンバブウェの情報が、東京の調布の畑が見える部屋で手に入るというのも、時代だなぁとしみじみ思いますが。あ、記事については、一応、出所があきらかになっているものは、そこまでたどり着いて、原文を読んだ上で書いていますからご安心下さい。

 なんで、そんな言い訳めいたことから書き始めたかというと、百聞は一見にしかず、という言葉もある一方で、見たことしか信じられないというのは、想像力が欠如しているという見方もできるわけで・・・。だけど、噂を信じてしまうということもいえるわけです・・・。

 正直、今、ジンバブウェの中で起こっていることの恐怖を、私は実感することができません。こんなことを書くと、非情だとか、何をのんきなことを言っているんだ、とかお叱りを受けそうですが。(そして、そのお叱りはあえて受けようと思いますが)、でも、やっぱり見ていないことは発言できないのです。

 暴挙がウソだとは言いません。あぁいうことが起こりうるだろうとは、思っています(いました)から。でも、自分の中で、その恐怖を一緒に感じることは、今の自分にはできない。私がつい1ヶ月前に見てきたジンバブウェは、少なくとも、私がすごした村は、暴力沙汰とは無縁のところでした。

 だけど、今の状況だと、ジンバブウェの暴力に対して何か叫んだり、非難したりしないと、なんだかいけないみたいな雰囲気になってしまいます。おそらく洞爺湖サミットでも、(イギリスは、待ってましたとばかりに)、ジンバウブェのことを話題にするだろうし、”市民社会”でも、ジンバブウェのムガベ政権批判を展開するんだと思うのです。

 そうした動きを否定するつもりも、拒絶するつもりもないのですが、平和な村を見てきた自分が、なんだかいけないことをした、大きな間違いを犯してしまったみたいな気持ちにさせられてしまう。極端に言うと、平和がいけないみたいにまで私は感じてしまう。私が勝手にそう思っているのか、でも、私にそう思わせてしまう(なんかえらそうな物言いですいません)この異様な(日本の)雰囲気ってなんなんだろうって思うのです。これが市民社会の持つ「正義」で、これこそが、世の中を平和にする力なのかもしれないのですが・・・。

 6月28日にムビラ・サミットというイベントに出させていただいた時のことを事務局便りのブログに書かせていただいたので、読んで下さった方もいらっしゃるかと思いますが、ムビラサミットで、暴力沙汰の報告があった時に、平和な村の話をするのに躊躇する自分がいました。なんだか、引け目を感じてしまう、という感覚でした。

 いやぁ、個人的な感情をあまりブログでは書かないようにしているんですが、つい、これだけは、1週間経っても消えないので、ぐだぐだと書いているんですが、この批判の渦の中で、胸の中にふつふつと浮かんでくるものがあるのですよ。それは、

 平和な村もあって、そこでは、人がぼーっとしてるわけじゃなくて、一所懸命、汗水流して働いて、日々の暮らしを送っているということ。それを、ちゃんと胸張って言わなくちゃいけないんじゃないかって、思っているんです。

 だって、どうして、こんなことが起こるのか。もちろん、権力による圧力で民兵とか若者とかが動くのですが、でも、彼らの生活が安定していたら、ここまで権力に扇動されるだろうか・・・とも考えてしまうのです。

 だから、・・・・うまくいえないんですが・・・・、平和なニュースを流して、暴力の事実を隠すという意味じゃなくて、暴力の連鎖、恐怖の連鎖を断ち切るのは、逆の平和とか、日々の普通の暮らしのイメージをもっと固定化させるということに尽きるんじゃないかと思い始めているのです。

  今のBBCをはじめとする報道(いや、BBCには言いたいこと山ほどあるけど、まぁ、一応。)をどうこう言うつもりはないし、それに呼応して動く「政治」や「市民社会」も、そうあるべきなんだろうとは思うのですが・・・・・。

 すいません、なんか、これ書き出すと、きっときりがないくらい、長くなってしまうので、これで止めます。「ねっとネタから」と書いたくせに、そこまでたどり着きませんでした。ごめんなさい。

 続きは、またちょっと自分が落ち着いてから。

 明日は、午前中に、メディアリテラシーの講座@地元に行き、午後、先輩のコンサートに行くので、次の更新は日曜日になります。(お) 

 

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2008年7月 2日 (水)

ジンバブウェの選挙法

 6月29日に、「速報重視の報道」というタイトル(カテゴリー:メディア・ウォッチ)で、”Operation HandigoniKuvhota" = "Operaton I cannot to vote"という作戦が展開されたことについての報道のことをお話しました。

 これは、目の見えない人や字がかけない人には、投票時に補助がつくことを使って、与党関係者が、無理やり、有権者をそうした人たちにみたてて、投票を補助し、実際には与党への投票を強制しているというレポートだったのですが、それは、選挙法でどう規定されているのだろうか?という自問自答をして、調べてきます、といったままでしたので、調べてみました。

 選挙法の59節と60節に、それぞれ、字のかけない有権者の投票、身体的に投票が困難な有権者に対する規定が書かれています。それによると、「しかるべき担当官(オフィサー)が、ZECの職員か、選挙監視委員2名の立会いのもと、有権者の意思による投票を、アシストし、代行する(=投票用紙にマークをすること、投票箱に投函すること)ことができる」と原文ではされていました。

 原文では、といったのは、今年になって、一部改定があり、両節のこの部分の、2名の立会いのもと、という箇所に、「ZECの職員か、選挙監視委員、勤務中の警察官の2名の立会いのもと」というように変更になっています。さらに、この下線の部分には、注釈がつけられており、注釈によると、

 SI43/2008によって挿入されている、(期間限定の改定ーー2008年9月13日の深夜までとする)となっています。今年になっての改定のようです。

 いや、注釈をつける気分ではないので・・・・。ジンバブウェは司法はしっかりしている(いた?)と、新聞とかを見ていて常に思っているのですが、司法は、法律をもとに検討されるものですから・・・。

 次の更新は、金曜日になります。AUやSADCの選挙監視オブザーバーの発表を報告します。(お)

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