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2007年5月

2007年5月18日 (金)

111111キロ

Meter_2

番外ですが、今回達成したキロ数の記録。

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恐竜の卵

Kyuri_1 ・・・・ではありません。れっきとした野菜です。

いわゆる「きゅうり」の類。とげとげのあるほうは、地元に昔からある品種なのだそうです。堅い皮は、激しい乾燥から身(実)を守る知恵なのでしょう。これなら、夜よく出没するクドゥとか猿とか家畜の牛や山羊に食べられずに済みます。

Kyuri2 どちらも割ってみると、確かに「きゅうり」。

奥にあるのが、手前のいがいが(とげとげ)のある方の中身で、手前にあるのが、黄色いきゅうり、黄色と緑の縞々のきゅうりです。食べてみると、黄色いきゅうりは、日本のきゅうりにかなり近い味(でも少し大味)です。いがいがのほうは、種の周りにぷよぷよとした果肉がついていて、さっぱりしています。

警察を退官して今はシャシェでお百姓さんとなっているM氏は、種を採るのが上手で、穀物だけでなく、色々な野菜も作っています。私がスイカを好きなのを覚えていて、会うと必ず、「スイカとってあるから取りにおいで」と言ってくれます。今回も、この「きゅうり」のほかに、スイカとズング(落花生。しかも煎ってある!)をお土産にくださいました♪

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2007年5月15日 (火)

ジンバブウェを離れます

移動中の15日・16日はブログお休みです。

今回、色々な方から「ブログ見てますよ」というメッセージを頂戴しました。
嬉しくなったので、東京に戻っても、お届けできるようにがんばります。

ではまた。

Tuki
(ハラレで見るお月様)

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新宿のチョコよりハラレのチョコ

たまにはハラレで食べるお菓子の話を書いてもいいですか?

ジンバウェで私が気に入っているのはミシェル。クッキーとかを作っている会社で、最初にMitchel ここのジャムサンドというクッキーを食べた時は、おいしくて本当に驚きました。他には、オートミールとかショートブレッドとか、10種類以上のクッキーが売られています。

クッキーは他の会社もいろいろあるし、種類も結構ありますが、一番目に付くのは、マリーとジンジャークッキー。このあたりは、イギリス植民地だったんだなぁという感じですね。

Mint_2 他には、キャンディ。これもいろいろ種類がありますが、一番手がミントキャンディ。レストランに行くと、会計(たいていテーブルで会計を済ませるので)の際に、レシート(というか、 請求書代わりにレシートが渡される)と一緒にこれがついてくる。眠気覚ましになるのか、よくNGOのワークショップでも出されます。なぜか、シャンパングラスにはいってきます。私のマシンゴに(車で)行く時の必需品です。

ついでに、ケーキの話題も。

ジンバブウェの店で売っているケーキって、日本みたいに生クリームのお菓子が少ない、というか見かけない。ケーキというと、バターケーキがほとんど。今じゃ日本ではほとんどみかけないですが。

ジンバブウェではやっているお店っていうと、今はたいてい南ア資本だったりする。南アで有名な店は(お菓子やさんじゃなくても)ひとつくらいは支店をハラレにおいていたりします。

今日、行ったピザレストランもそう。(たぶん←ちょっとあいまいですいません)。

明日の帰国を前に、いろいろと雑事を済ませたら、ジムドルが予定より残ったので、今回の出張中二度目の外食をすることにしました。残しておいても、次に来る時に価値が下がっている可能性があるので、大概、乾物(パスタとかコンソメとか)とかお土産のコーヒー豆とかお茶とかを買いまくります。

で、今回は、二年ぶりにAvondaleという地区にあるショッピングセンターのSt.Elmosというピザ屋さんに行ってみました。

話がそれますが、この地区にはエチオピアから亡命しているメンギスツ元大統領も住んでいると言われてます。以前、東京でNGOの会議があったときに、エチオピアのNGOとジンバブウェのNGOの人が来ていて、メンギスツを返せとかなんとか、冗談なのか本気なのか、なんともいえない会話をしていたのを覚えてます。

サラダもチキンもおいしかったけど、贅沢にも頼んでしまったデザートのゼブラ・ブラウニーがおいしかったので、こんなおいしいものもハラレにはあるんですよ、といいたくてブログに書いています。

なんでゼブラなのかと思っていたら、ブラウニーの上に、ホットチョコレートが波みたいに(縞々に)かかっている様子を言っているみたいです。お好みでクリームかアイスクリームがついてきます。(写真をとってこなかったのがすごく残念!)

ところで、この国のバニラアイスクリームというのは、日本でいうバニラというよりもミルクアイスクリームというほうが近い味。なんでも甘いのがすきなはずなこの国の人ですが、アイスクリームは日本のほうがずっと甘く感じられます。でも、それは乳脂肪分が高いからであって、砂糖の甘さではないのかもしれません。日本のもったりする甘さ?に慣れてしまっている方には、ハラレのバニラはちょっと物足りないかもしれません。

私自身は、チョコレートものがとても好きだという訳ではないのですが、これはおいしかったです。ブラウニーのはじっこがカリカリしてたところがなかなかだったですが、ホットチョコレートがまたおいしい。アイスがもっと甘かったらもっといいんだけど。いや、でも十分甘かったです。

そこで、ふと、思い出したのが、ちょっと前に新宿のお店の事。
私がクリームあんみつで、もう一人が確かチョコレートパフェか何かを食べて、アイスクリームとあわさったチョコが(アイスの温度で冷やされて)ぽろぽろしてしまうというか口の中でごわごわ・もろもろするというようなことを言ってたのを思い出しました。これもそうなるのかなぁと思ってブラウニーにかかったホットチョコレートを食べてみたら、アイスクリームと一緒になっても、口の中で甘くとろけていましたよ、ってこんなブログで自慢してどうするって感じですが。

新宿のチョコよりハラレのチョコのほうがおいしいかもしれない!という自慢話でした。皆様、もし、ハラレに来られることがありましたら、ぜひ一度お試し下さい。

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5月はペンキ塗りのシーズン

乾季になると、あちこちでペンキを塗り始めます。新聞とか店頭とかでも、ペンキのセールが目につき始めます。今日でかけたショッピングセンターでも、屋根のペンキ塗りかえをしていました。

きれい好き?まぁ、そうなのかもしれませんが、どちらかというと、雨で半年つよくたたかれてペンキは剥げているし、さらにこれから半年は強い日差しにあてられていたんでくるし、メンテナンスなんだろうなと思います。

でもやっぱりきれいに塗られた屋根や壁、花壇のレンガとかはきれい。気持ちいいです。なんてこと書いてないで、我が家もペンキを塗らなくては・・・。

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2007年5月14日 (月)

お葬式

10日から今日まで村に行っていました。
村に行く朝のこと、会う予定の相手から電話があった。彼の親族が死んだので予定が変更になった。

おじさんの奥さんが亡くなったということで、彼の兄弟や奥さんたち大人は全員が総出で手伝いに来ていた。

100人くらいの人が来ていて、30人くらいの人は、前夜から泊まりこみ。
夜まっくらになってから到着すると、母屋にいる家族以外に、男性は男性同士で火を囲んで、女性は、別のところで火をたいて、食事の準備をしていた。仕切っているのは、彼の奥さん。ちょうどサザができたところで、女性は男性ひとりひとりに手をあらう水を出したり、食事を運んだりしていた。

こういうときって、外国人の女性が一番居場所がない。男性は、呑んで食べているので、外国人の男性は、その輪の中にいればいいのだけれど、女性は、ずっと食事を作っているか、酒を出しているか、手を洗う水を運んでいるか、お茶を作っているか・・・・、とにかく仕事しっぱなしだから忙しい。「手伝うよ」と言っても、外国人なのであまり表に出られない。

しかも、外国人だから、家族と男性の食事が出たあと、女性の中で最初に自分に食事が出された。地面に座ってサザを食べながら、少し離れた男性の輪を見ると、火を囲んだ彼らの輪の頭上には、満点の星。天の川がはっきり見える。母屋から聞こえてくる弔いの歌と太鼓を聴きながら、こんな星の下で見送ってもらえるのも悪くないなぁと思って眺めていた。

翌日のお葬式は、終日女性の歌や太鼓と踊りが続く。その様子は涙涙の日本のお葬式というイメージとはちょっと違う。でも、「気合いれて見送る」という気迫を感じる。

村の人が皆来たというくらいの大人数で、お金のないこの時期に、皆が少しずつお金を出してたし、紅茶とかミルクとか、食事用の野菜とか鶏とかを持ってくる人もいた。

こちらでは、12時から14時までは埋葬をしてはいけないしきたりらしい。
だから、その間に、食事を全員に振舞う。

埋葬が終わって、家族がそれぞれ親族を代表して個人がどんな人だったのかを皆に伝える。炎天下の中で続く。蒸し暑くはないけれど、あまりの日差しの強さにちょっとめまいがする。

埋葬が終わって、今度はお茶。知り合いのマイはずっと立ちっぱなしで仕事している。結局三日三晩手伝いをしていたらしい。土曜日に帰ってきて皆がいう言葉は同じ、「マカイタバーサ(いろいろよくやったね)」。

埋葬場所は、母屋のすぐそばの畑の中だった。

昔から死ぬなら火葬じゃなくて土葬がいいなと思っている私は、こんな風に自宅のすぐそばで大切な家族の近くに埋葬されるのがうらやましかった。自分の家族が亡くなったら、どこか遠くの墓地に埋葬して時々「お墓参り」するんじゃなくて、毎日、仕事の合間に大切な人が眠っている場所でお茶を飲んだり、一日の報告をしたり、そんな風にずっと一緒にいたいなと思ったりする。自分もいつかこんな風に朽ちて、やがて土に返って、「マイ(=女性の敬称)のお墓の上だと、バナナがよく実るね」なんていわれたら嬉しい。

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2007年5月10日 (木)

5月10日から13日まで村に行っています

この間、ブログはお休みです。
(写真は、シャシェの空)

Sora_1

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冬小麦のために1日20時間の計画停電と断水!

ヘラルド紙によると、政府は、一日20時間の計画停電を決行するらしい。

なんでも、冬小麦の生産のための灌漑設備に電力を大量に使うため、送電を控えると言うのだ。毎日5時から9時までの4時間しか電力をまわしてくれない。対象地域はどこ?と読み続けていても、「ドメスティックコンシューマー」(国内消費者?)が対象になるとしか書いてない。それって全国的ってこと?

灌漑と言うと、大概はディーゼルでやっていると思っていたけれど、それは小規模の場合らしい。冬小麦は、メイズの裏作で一番の作物。年間に40万トンの生産が必要とされている。過去にも似たような理由で冬の生産に失敗しているため、政府にとっては、水の確保は必須なのだろう。すでに植え付けの時期だが、水などの関係でそれ自体遅れているようだ。これから冬小麦ができるまでの3ヶ月間は水を確保するために人が使うほうの電気を止めるというのである。

水に関して言えば、断水も頻繁にある。その原因が、水そのものがない場合もあるが、都市での水不足の多くは、水を揚げるためのポンプの電力がなくて、断水になってしまうということ。数年前から、ブラワヨ(第二の都市)でも問題になっている。

ハラレでは、以前から、頻繁に、計画停電や計画断水がおこなわれている。大概は、新聞に、この日のこの時間はこの地区で止まりますというお知らせが掲載される。停電や断水自体はあまりめずらしくはないニュースなのだが、今回は一日20時間の停電ということになるので、はんぱな被害じゃないと思う。水も同時に止まるとすればどうなるんだろう・・・?

なんでも、ハラレの電力消費量は、夏に1500メガワット、冬は2100メガワット。それが東京などの都市の消費と比べてどうなのかは、ちょっと今わからないけれど、ガス(プロパン)消費が限られており、大概の家庭はいわゆるオール電化なので、電気が止められるとどうしようもないという感じである。

その上、石油が値上がりしていて、ケロシンも手に入りにくくなる。これでますますジャトロファという植物で作るオイルがさかんになること間違いなしである。まぁ、それはそれでいいんだけれど、そればっかり栽培されても・・・。

個人的なことを言えば、この計画停電も結構地域で差がある。
ハラレの高級住宅地のボローデールという地区では、しょっちゅうおこなわれているらしい。高級住宅地なのに?と思ったのだが、住人に言わせると、「たいていの家にはジェネレーターと井戸があるから、自家発電ができると思われている」という。もちろん、全員のうちにそんな設備あるわけないんだけど。

マルボロという地区にいる知り合いは、断水は二日に一度あると言っていた。

我が家は、街中のアパートなのだが、私立の大病院のまん前であること、通りに大小の病院やクリニックが多いことから、計画断水には結果的にならずに済んでいる。

とはいうものの、毎朝水がでなくなるのは年間変わらず。アパートの7階なので階下で大量に水を使われると、水が上まであがってこない。洗濯の時間のピークは月曜日から土曜日の6時から9時。夜寝る前に、水をバケツにためておくのは、もう日課になっている。

停電ついでに書けば、実は、アパートのエレベーターが止まっている。

2基あるうちの1基は壊れていて、修理代がアパートの管理費ではまかなえない額(1ヶ月以上前の額で22ミリオンZドル)で、臨時徴収するには高すぎるのでそのままになっている。

もう一基は動くのだが、ZESA(電力会社)から、送電ケーブルが弱くなっているので危ないからエレベーターのスイッチは止めろと言われたらしい。おかげで、毎日7階までの階段を3往復はさせられるはめになっている。まぁ、いい運動になっているとはいえるけど・・。

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2007年5月 9日 (水)

統一地方選が1月、大統領選・総選挙は3月。来年の選挙

ジンバブウェの政府系日刊紙ヘラルド(The Herald)によると、政府は、次の統一地方選挙を来年2008年1月に、大統領選と総選挙を来年3月におこなうと発表しました。

統一地方選については、与党であるZANUーPFは、今年の11月に候補者を選ぶ予定。

投票権については、この国では、選挙権のある人に自動的に投票のお知らせが届くというような日本のやり方とは異なり、投票資格のある人で投票の登録をした人だけが投票すると言う方法をとっています。

選挙の詳細を発表した地方行政・公共事業・年開発大臣のチョンボ氏は、過去においては選挙権をもてなかったジンバブウェで生まれた外国人もすべて選挙が可能になるよう計画中のようで、登録をするよう呼びかけています。

1月というと、雨季のどまんなか。地域によっては中休みとして雨があまり降らない時期でもあります。また、大統領選の3月は日程によってはまだ雨が降っている時期。田舎では総動員がかけられるのだろうと思いますが、日本の雨とは比べ物にならないほどの強い雨の中、投票にいくのは難儀だなぁと、政治と関係のないところで心配になりました。

詳細(日付など)は追って発表があると思いますが、5月7日の1面トップ記事でしたので、取り急ぎ一報をいたしました。

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2007年5月 8日 (火)

5月7日 砂糖もビールもない!

日曜日の夜にビールを買いにいったら、なんとない!店のどこにもビールが一本も見あたらりません。ビールがはいっている冷蔵ケースは空っぽ。「ハパーナ」(ない)と店の人も苦笑い。

しかも、砂糖もない。
シャシェでのいつもの朝ご飯は、ドビ(ピーナツバター)のポリッジなのですが、なぜか朝からサザが。マイいわく「砂糖がないから、今朝はポリッジじゃなくてサザ作ったよ」。そういえば、先週モノの値段チェックに言ったときに、砂糖は気がつかなかった。というか、あまり砂糖は使わないのでついつい忘れてしまう。気がつかなかったのではなくてなかったのかもしれない。「マシンゴには砂糖ないから、ハラレで見つけたら買ってきてくれ」といわれて、あらためて4件の店をチェックしたが、やはりない。

砂糖は紅茶を飲むこの国の人の必需品。紅茶がなくて砂糖しかないなら、「砂糖を焦がして(カラメル)お湯で薄めて出すが、砂糖がないならお茶は出さない」といわれるくらい紅茶には砂糖がついてくる。砂糖もビールもないということは、この国の人は何を楽しみにすればいいの?

ビールがないのは、もしかしたら、HIFA(ハラレ・インターナショナル・フェスティバル・オフ・アーツ)の影響かもしれない。HIFAに来る外国人のために全国の小瓶がHIFAの会場やホテルに集中して、まだ瓶が回収されていないのではないだろうか・・・ということも十分に考えられる。その証拠に、大瓶は若干の店でみかけたから。

でも砂糖は、国内で生産しているのだし、砂糖工場がストライキをしているという話も聞かない。2000年頃に食用油が店から消えた時期があったけれど、その時は、ジンバブウェの食用油はすべて近隣国に出払っていた。今回の砂糖も同じなんだろうか?こういうときは、アップタウンの住宅地のスーパーよりも、ダウンタウンのスーパーのほうがあったりするから、明日出かけてみることにする。

エチオピアの政権交代時期に暮らしていた経験がある人によれば、「ビールがなくなるのは最後」とか。砂糖もビールもなくなり続けると、暴動になるんじゃないか。。。ちょっと心配になった。

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5月7日 38100→121000!

数日だけ村にはいってハラレに戻ってきたら、なんと、ミリミリとパンが値上がりしていました。

10キロのミリミリ(メイズの粉)が3万8100Zドルだったのに、今日は12万1千Zドルになっていました!他の比較的安い店でも11万1千Zドルになっています!

それだけでなく、パンも値上がりしてます!パンといっても、いわゆる普通の食パン1斤(1ローフ。日本の1斤よりも長い)は統制価格になっているので、他のものよりも安いのですが、それでも先週の1斤6千Zドルから一気に7700Zドルになっていました。Bread

すべてのものが値上がりしているわけではないようなのですが、じわじわというよりも、値上がるときはいきなり値段が跳ね上がるという感じです。ここ数ヶ月の値上がりは尋常ではないという話は聞いていましたが、あまりのすごさに思わず絶句してしまうほどでした。

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パッション・フルーツ!

Passion 先週ブログに書いた、大家さんからいただいたパッションフルーツの話の続編です。

いや、単に、あまりに見てくれの悪い外観からは信じられないくらいのおいしい実とかぐわしい香りがするのをお伝えしたいだけです・・・。

写真は、そのみてくれの悪い外観と、中身。本当に、香りまではお伝えできないのがとても残念です。Passion2

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メイド・イン・ジャパンの「サムライ」

Samurai シャシェで朝ごはんの後にスイカがでた。半分のスイカを3人で切り分けて、包丁というかナイフを返そうと思ってふと見ると、なんと「メイド・イン・ジャパン」とあるではないですか。しかも、名前が「SAMURAI」思わず、写真をとってしまいました。切れ味?まぁ、刃がぼろぼろになっていたので、なんともいえないですが・・・・。

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ジンバブウェ報道

AZTRECのスタッフのネルソン氏と話をしていた時、ふと、彼が、「ジンバブウェってどんな風に報道されているの?」と聞いてきた。私が来る直前に読んだ毎日新聞の記事(避難民が出ているなどなど)をかいつまんで話したら、「皆、この国はひどい国だって思ってるんだろうね」とためいきをついていました。

(記事ではAUもジンバブウェ政府を批判したとかいうことだったが、)「SADCはムガベ(大統領)を支持している。ムベキ(南アフリカ大統領)もチャンギライ(この国の野党第一党のMDC党首)と大統領との仲裁にはいると言っているし」。

「ひどい状態なのは、ハラレだけだよ。いや、ハラレだってほんの一部、ハイフィールド(注:3月11日に野党を中心とした集会があり、参加者が警察に暴力をふるわれた場所)くらいで、あとは全然平和なのに・・・。君だって知ってるだろう?」と言い出しました。

彼に言わせると、この間、南アフリカのリンポポから人が来たらしいのですが、その人たちの話によると、土地をまだ返してもらえていない人が大勢いるとか。政府が土地返還を命じているのに(白人)農場主は抵抗して彼らはその地域に戻ることができないでいるとのこと。「あんな怖い国と比べたら、こっちのほうが全然いい。ずっとここで暮らせたらいいなぁって彼らは言ってたよ」。

南アフリカの土地制度・返還の状況は詳しくはわからないし、そのリンポポから来た人の話の伝聞だけでは、実態がわからないので、ここでは聞き流すことにしました。(農場主が抵抗しているというのは、まだ裁判所の最終判決が出ていないからなのか、それとも、農場主がうでづくで抵抗しているのか等等、不明瞭な情報が多いので)。

話のあと、ちょっと思う。彼(ネルソン)の言ってることは全然間違っていない。
でも、あの新聞記事もうそじゃないんだよ。どっちもほんとのこと。

ほんとのことなんだけど、新聞記事に、このシャシェののんびりした記事ってでないんだろうなぁ。ほのぼのとした記事が出ることは確かにあるんだけど、大概は、紛争とか貧困とかの中での人々のけなげな努力とか、希望とかっていう風に設定されている。まぁ、それは宿命みたいなものだから、しかたないかぁと思ったりもする。

2月にアフリカ報道のジャーナリスト座談会を企画したのだけれど、その当日配布資料の前文に、こんな文章を載せた。

「悲惨でなければニュースにならない、と悲惨なニュースを見るたびに自嘲的に感じることがあります。でも、悲惨なニュースほど伝えてもらわねばならないのです。アフリカに悲惨な状況がある限り、ニュースは日本に流れ、益々アフリカのイメージを固定させていく。
報道の問題ではなく、アフリカの問題であるのですが、それだけではないはずと声を大にして叫びたい衝動に駆られます。

だけど、今、あらためて思う。
アフリカで紛争がおきているのに、報道されない状況のほうがずっといやだ。起きてはならないことが起きている、無意味に殺されている人がいるっていうことは、絶対に伝えてもらわないと困るのだ。

まぁ・・・、でも、やっぱり、ジンバブウェの(大統領の蛮行みたいな)報道とかを読んでしまうと、「はい、そうですよ、その通りですよ、でもねぇ・・・」という気持ちは否めない。そんなのばっかり報道されるのもつらいが、何も報道されないということがイコール平和ということではないというところがもっとつらいんだよなぁ・・・。

なんか、どうどうめぐりになりそうなので、今日はこのへんで。

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5月6日 種保存庫(穀物庫)ほぼ完成!

Grenary 2006年度の主なジンバブウェ支援活動だった種保存庫建設の状況ですが、ほぼ完成となりました。

一時は、将来的に引かれる灌漑施設をみこんで、大規模の種センター建設とあわせてというアイデアもありましが、現在の経済状況などの影響から、政府の灌漑施設建設は遅々として進まず、種の生産・販売に至るまでの承認審査の手続きなども進まないことから、もともとの小型の保存庫(穀物庫)が建設されることになりました。

保存庫には、すでに、今年の春(4月)の収穫から、メイズ、落花生、ソルガム、ミレット、ラポコの5種類の種が保管されています。

詳細は、6月30日発行予定の会報(5号)でお伝えいたします。
2005年から皆様にご協力をよびかけていた支援ですが、おかげさまでここまでこられたことを取り急ぎご報告いたします。ご協力ありがとうございました。

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今年は旱魃で収穫は悪し。でもかすかな望みが・・・

Irrigation 5月3日から6日まで、シャシェ村に行ってきました。

今年の雨季(昨年11月から今年3月~4月まで続いた雨季)は全国的に雨量が少ないと言うニュースがあったのですが、シャシェも例外ではなく、やはり、作物のできは悪かったようです。メイズはほぼ全滅。

雨は、1日20ミリ程度降って2週間まったく降らない、また1日ちょっと降って次の日からまた2週間程度雨が来ないというパターンだったようで作物には大打撃でした。

更には、ドライスペルと呼ばれている1月に来る雨の中間乾季のような、雨が降らない期間が今年も長く、そこで多くの作物は枯れてしまったようです。

種が出回らなかったことも追い討ちをかけたようです。豆(シュガービーンと呼ばれる品種)は換金作物になるのですが、シャシェの場合、いくつかの農家が昨年の豆を蓄えていたのでなんとか今年も収穫にこじつけそうでしたが、生産をあきらめた人もいるそうです。

奇跡的なのは、9ヘクタールの灌漑予定地に蒔いたソルガムが順調に育っていること。というのも自分たちの畑の作業で忙しく、ドライスペルの後にようやく種を蒔くことができたのですが、結果的に、ドライスペルの後、2月からの雨量がそれまでの2倍に増えました。実をつけ始めた9ヘクタールのソルガム畑はさすがに圧巻です。

心配なのは、今年は寒さが来るのがかなり早く、村ではすでに2週間前から気温が下がっていること。ソルガムも、(食用油用の)ひまわりも、収穫までにはまだもう少し日が要り、寒さが厳しくなると、霜にやられる恐れがあります。

この寒さが、最後の成長にダメージを与えないことを祈るばかりです。

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2007年5月 7日 (月)

5月3日から6日までシャシェ村に行きます

Iwashigumo 5月3日から6日までマシンゴ州のシャシェ村に行きますので、その間ブログはお休みです。

(今日帰ってきました)

半年振りの村はさすがにいろいろなことがありました。
ご報告は明日!

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2007年5月 2日 (水)

雑穀パック出回る

ジンバブウェの主食は?と聞かれると、「メイズ」(=硬い白トウモロコシ)と答えますが、最近、村に復活しているのが、ミレット(粟・稗)、ソルガム(こうりゃん)などのいわゆる雑穀。

もともと、メイズは、300年くらい前にポルトガルがアフリカ大陸に来た時に伝来したと言われており、それより昔に作っていたのはこうした雑穀だと言われています。メイズは、だいたい500ml以上の年間降雨量が必要で、半分以上の地域がそれ以下のこの国では灌漑がない地域では生産は難しいと言われています。

逆に、ミレットやソルガムは300ml程度の降雨量でも生育がちゃんとできるので、2002年ごろの旱魃を境に、農民だけでなく政府も「もっと雑穀を作ろう&食べよう」というキャンペーンに乗り出し、いまでは「田舎の食べ物」といわれることもすくなくなってきたようです。とはいうものの、銀シャリならぬ白いメイズが一番という意識はまだまだ根強いのですが・・・。

とは言うものの、2000年ごろは、安価で出回っていた雑穀も、昨今の都会では、どちらかと言うと健康食品・自然食料品というような扱いで差別化をはかっているというほうが目だちます。

下町のムバレ・マーケット(市場)だけでなく、アップタウンの大手スーパーマーケットでも見かけた雑穀は、どうやらナチュラルさが売り物のようです。値段も、統制価格になっているメイズが10キロ3万8千Zドル前後なのに比べて、2キロで34000円という高価格。

私自身は、ラポコのサザが一番好きです。写真がその4種類で、右上から時計回りに、Maphunde(ソルガム)の白、Maphunde(ソルガム)の赤、Mhunga(ミレット)、Zviyo(ラポコ=フィンガーミレット)です。DADAの集まりで試食会などが開けたらいいなと思っています。Zakkoku

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5月1日はメーデーでお休み。

月曜日なので、今週の予定をたてていたところ、突然明日がメーデーであることに気がつきました。

私個人の感覚を言えば、メーデーと言えば写生大会。というのも、私が通った公立中学では、5月1日は先生たちがメーデーにでかけてしまうので、全生徒が近くの駒場公園に写生に行くというのがお決まりの年間行事でした。他の中学の生徒も来ていて、ちょっとした遠足気分だったのを覚えています。高校生になると、別段変わりもなく授業があったような気がします。

ちなみに、私が就職した会社は労組がなかったので、メーデーでも大会に出る人はいなくてまったく普通の仕事をしていたのですが、それを知らない新入社員だったころ、「5月1日はお休みですか?」と先輩に訊いて叱られたのを覚えています。(ちゃんと出社して仕事しました)。

は戻って、こちらではメーデーは休日です。スーパーマーケットも休日扱いになります。

火曜日にしようと思っていたことを前倒ししてあわてて作業。買い物も・・・といっても、野菜はもらったし、モノは高くて手がでないし、週の後半で村に行く予定なのであまり買い物もなく、労働者の休日だから好物のスイカを買って自分を慰労しようと、訳のわからないことを思って、高いスイカを買って帰りました。(スイカはもちろん甘かったです。もったいないので白い部分を浅漬けにしました♪)4月30日

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2007年5月 1日 (火)

お百姓さんから野菜をいただく

Yasai 我が家のアパートの大家さんは、チェグツというところでタバコや野菜の農場経営をしています。時々ハラレに来たついでに顔を出してくれるのですが、昨日は、孫をつれて寄ってくれました。「野菜食べる?料理するの?」ってしますよ、そりゃぁ、昨今、お値段が怖くてレストランになんかはいれません・・・と思っていたら、迎えにくる息子がトランクに野菜積んであるからあげるわ、といわれて・・・写真がその野菜です。

最近、日本でもお百姓さんとのおつきあいが増え始めて、出かけると帰りに野菜をお土産にもらってくる私ですが、ジンバブウェでしかも村帰りじゃなくて町にいて野菜をいただくとは・・・。ちなみに、今日いただいたお野菜は、ほうれんそう(白い茎の菜っ葉)とよばれている菜(たしかにアクがあるところはほうれん草です)、にんじん、ねぎ、レモン、アボガド、そしてなにやら不気味なレモンのようなグアバのような代物が、パッションフルーツです。みためはちょっとグロテスクですが、このくらいしょぼしょぼになった後で二つに割ると、部屋一面に芳香が・・・!日本では食べたい・買いたいと思わないパッションフルーツですが、この乾燥した気候と強い日差しの下でいただくフルーツは格別です。においまではお伝えできないのが残念!

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4月30日ハラレ環状線をドライブ?

到着してすぐ気にしたのは、車とガソリン。なにせこれがないとシャシェ村に行けない。
土曜日に車を預けている友人の留守宅に行ったところ、車は無事だったのですが、動かない。原因はバッテリー液がカラ。
その友人は、自動車修理工場を経営しているのですが、彼は今家族と海外に。留守番をしている女性から「月曜日にガレージがあくから」といわれて月曜日に出直したのですが、バッテリー液のストックも750mlのペットボトルの半分くらいしかなくて、全然足りない。とりあえず、他の車とバッテリーをつないでエンジンをかけてなんとか修復。
とりあえず、近くのガソリンスタンドに行ってバッテリー液をいれてもらう。1本22万ジムドル。
これで安心と思っていたら、「50キロくらい走っておかないとまた止まるよ」とついて来てくれた知り合いに言われて、ガソリンがもったいないなぁとおもいつつ、50キロのドライブにでることにしました。

ハラレには、環七や環八のように、「ハラレドライブ」と呼ばれている環状線があり、そこをとことこと走りました。(正確にいうと、完全な環状線ではなくて、弓状の形をしているのですが。)ちなみに、調布から新宿までは20キロです。ハラレには電車がないので、都心に行くバスはあっても、横を走るバスは少なく、主要道路から離れたところにいる人は、結局自分の車か、他人の車にリフトさせてもらうしかない。
バスがあっても、毎日早朝から並んでやっと職場に着くという生活。。。この国でも、都市の問題は日本や欧米と同じように(人口集中、交通ラッシュ、環境汚染など)起こっているのですが、もともと資本を持つ者が都合よく切り開いたとしか思えない(道路は敷かれるが、車がなければ長距離は移動できない)都市の作りかたで、どこまで行っても広大な土地がひろがっている(誰かの土地ではあるのですが)風景を見ながら、公平な都市建設なんてあるのだろうかと、考えました。

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4月28日 ひとつ4680円のたまねぎ!

ハラレに来てすることの一つが、値段のチェック。しかし、ここ最近では物価高があまりにものすごいので、比べようもないというのが実感です。なにせ前に来たのは半年前なので、今と前の値段ってどのくらいの差なのか全然思い出せません。

でも、ちょっと驚いたふたつの値段についてご紹介。

9620ジンバブウェドル(Z$ってことは、公定レートの250Zドル=1米ドルとして、1米ドルがだいたい120円だと計算すると、なんと、ひとつ4680円ということになります。さすがに、ひとつしか買えませんでした。。。。(記念写真をとってありますので、見ていただきたいのですが、こちらからだとアップができないみたいで・・・後日アップします。アップされていたら、東京のメンバーがアップしたのだと思ってください。)Tamanegi

もう一つは、マコニ茶。
なんどかDADAの会合でお出ししているマコニという地域で昔(植民地時代にイギリスが紅茶栽培を導入する前)飲んでいたとされている野草茶があります。
ここでは、店ごとに値段がちょっとずつ違うので、大概複数の店で値段をチェックしてからモノを買うのですが、マコニ茶の場合、50gのパックが4万Z$~5万Z$でした。
で、とりあえず4万のをひとつだけ買おうかなと思って別のスーパーに行ってみたら、なんと!棚の奥に忘れられたように置かれている箱5つには「6948」のシールが。。。。これは商品番号であって、値段ではないのではないか?などと考えたものの、在庫5つをかっさらうようにしてかごにいれてレジで値段を聞くと、確かに6948。他の店では4万なのにという言葉を飲み込んで5つ買おうとすると、レジのお兄さんが「ベリーチープ」(笑)。そうですよ、安いですよ。思わず<ルール違反>ですが独り占めしてしまいました。

これはどういうことかというと、この国では、仕入れ値にあわせてロットごとに値段をつけています。数年前までは、同じ棚にある同じ商品でもロットで値段が違うので、値段表示が二つあることがあったのです。最近では、値上がりするたびにシールを付け替えたり、値段表示を商品ではなく棚につけて常に値上げをたやすくできるようにしたりしていますが、これは新しい値段をつけるのを忘れたか、(売れなかったから)次の仕入れがずっと来なかったので、前の値段になったままだったのでしょう。でも、いつの値段だったのでしょうかね?案外それほど昔ではないのかもしれません。
ということは、ほんの短い間で値段が跳ね上がるということが繰り返されているということになるのですが・・・。去年の家計簿を持ってきていないので、比べられないのですが、日本に帰ってから、チェックしてまたブログでご報告します。

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3月のインフレ率 2200%に!でも輸出は快調・・・。

新聞情報によると、今月発表された年間インフレ率が2200%と過去最高を記録したそうです。もっとも、統計を管轄する機関の正式な発表ではないので、根拠などの詳細はわからないままなので、コメントするのも難しいのですが、とにかく、値上がりはひどく、それが続いている・・・というしかないです。

そんな中、2007年のジンバブウェの輸出は23%もアップしているのです!つまり、安価にまかせて、外から買い付けに来ている&外にせっせと売り出しているということなのでしょうか。

その証拠か、ジンバウブェの首都ハラレと南アフリカのヨハネスブルグを結ぶ路線は、少なくとも南ア航空とジンバブウェ航空とで少なくとも日に4本は(往復で8本)は飛んでいるのですが、そのいづれもほとんど満席状態。
エチオピアの政権交代の時期に赴任していた人の話では、「そういう状態になると、まず外国人は来ない。飛行機はガラガラ。やってくる外国人は、援助関係者のみ」という印象だったというのと比べると、やはり、この国のある意味の豊かさが災いしているのかなとも思います。輸出が23%もあがって、喜べる状況のはずなのに、素直に喜べないのは、それが格差を利用した上での豊かさだと感じるからでしょうか。

「格差あるところに儲けあり」ということですかね。

そういえば、以前、ある方が、この国でいずれ政権交代になれば外国資本がはいってくる。皆、てぐすね引いて待っているんだから。という話を聞いたことがあります。それが本当だとすれば、それでいったん経済は安定するのでしょうが、逆に政府が外国資本頼みになり、結局は外国資本が独占する状況になるのだろうと思います。たしかに、雇用は増大して、給料は安定し、物価高も押さえられてよいのかもしれませんが、じゃぁ、国とか政府の役割って何なのだろう?
聞こえ方によっては御幣があるかもしれないけれど、世界の経済の動きの文脈の中では明確なメッセージだった「自分達が欲しいのは強い政府だ」と言ったあるNGOの人のせりふを思い出しました。

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4月27日 1米ドル=250Zドル、実質レートは1米ドル=1万5千ドル以下?

4月27日,予定通りハラレに到着しました。
雨季の終わりというか、もう乾季にはいっているような日差し。気温は日中23度くらいなので、出発前の東京とさほど変わりはないのですが、強い日差しに、ハラレだなぁと感じます。

ところで、着いてすぐに一番気になるのが、外貨との交換レート。なにせ、このところ、今日のレートと明日のレートで全然違いますし、ジンバブウェドルのレートが下がるとその分、モノの値段が上がるということなので、心配でなりません。
空港で見た銀行での外貨交換レートは、対米ドルが、1米ドル=250ジンバブウェドルと表示されていました。そんなはずはない、と思いつつ、街中へ。

知り合いにきいたところでは、ここ数日で、またいっきに物価が上昇したとか。おそらく(Zドルの)闇値がまた下がったのではないか、という話でした。

金曜日の新聞によると、中央銀行のゴノ総裁が「旱魃対策&経済安定化資金」なるものをうちあげ、その資金の枠内では、外貨を1米ドル=15000Zドルで交換することができるという発表をしました。

なにやら訳のわからない発表ですが、要は、公定レートはあくまでも1米ドル=250Zドルのままでデバリはせず、でも、現状にあわせて15000まで実質的レートを引き下げたというか、実質レートがそれ以下であることを認めざるを得なくなったと言うことでしょうか。

つまり、闇値は、1米ドルあたりのジムドルは、1万5千Zドルよりも安いということで・・・。しかも結果的に、闇値はまたまた下がったという報道もあり、いたちごっこが続いています・・・。

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4月26日 突然ですが、アメリカ関連の記事を読んでジンバブウェを思う

更新一回目は、4月26日の飛行機の中&南アの空港で書いています。
まだ、ジンバブウェに到着していないので、アフリカとはちょっと違った話題で。

4月中旬にアメリカで起こったバージニア工科大学での射殺事件ですが、関連報道が、新聞や雑誌、テレビでずいぶんとありましたから、ほとんどの方が記憶に残っているかと思います。その中で、私が特に印象を覚えた記事は、4月21日の朝日新聞の記事でした。(今、手元にその記事がないので、朝刊なのか夕刊なのか、何頁だったのか、ちょっとうろ覚えなのですが・・・)

ニューヨーク支局の江木慎吾さんという記者さんが送ってこられた、AP電のカラーの写真が着いていた記事です。同大学で追悼式のようなものがあった際の記事で、犠牲者の数の石をならべて追悼の意を示すというものだったのですが、読まれた方はいらっしゃいますか?

見出しに、32人という犠牲者の数が使われており、並んでいる石がアップで写っている写真も掲載されていました。そのキャプションでは石の数が33個と書かれていて、あれ?と思って記事を読んでみたのですが、犠牲者と、今回の事件の犯人でもあるチョ容疑者も含めて33人の死者の弔いをおこなったと書いてありました。

たとえ彼が殺人犯であっても、失われた命に対する弔いとして33番目の石が並べられる、そういうことができる社会がアメリカなんだと。

それだけの記事なのですが、こういう何気ない一瞬のことで、アメリカの精神の深さ、複雑さ、厳しさなどが感じられる記事でした。

アメリカでは、今、銃規制をするべきvsだから銃で身を守らなくてはならないという議論が出ているとか、他にも色々な記事がありますが、こういうアメリカの一面を見る時、アメリカはひとつではない、とあらためて思わされます。

ところで、この記事の情報元というかニュースソースは、AP伝のようです。ということは、全世界のどこででも、契約していれば読めるわけで、駐在のいない新聞社でも、この原稿を読んでいるはずですよね?

その中で、この記事を送らなきゃ、と思うのは、やはり、駐在していて、アメリカの色々な面を見ている記者さんだからなのでしょうか。そういう意味でも、やはり現場にいる、という意味は大きいんだなとあらためて思いました。

メディア・ウォッチのブログがないので、アフリカ頁に書いてみました。
次回は、ジンバブウェからのレポートです!

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ちょこっとジンバブウェ、久しぶりの更新です

みなさま、

4月26日から5月16日までジンバブウェ出張です。
久しぶりの更新になります。4月20日頃の毎日新聞社の記事をご覧になった方
もいらっしゃるかもしれませんが、あまり楽しいニュースは流れてきません。

唯一の希望は、去年ほどではないにしろ、今年も収穫はまずまずだったという連
絡のみ。詳細は、また少しずつアップしていきたいと思います。

おぜき

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