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2006年2月

2006年2月26日 (日)

吉田先生 来Zim!

2月24日  吉田先生 来Zim! DADAがAJF(アフリカ日本協議会)の一WG(ワーキンググループ)がきっかけになって生まれたのは皆様ご存知かと思いますが、当時の協議会の代表理事を務められていた吉田昌夫 日本福祉大学教授が大学のお仕事でジンバブウェを訪問されました。

先生の来訪は二度目で、先生がアジア経済研究所に勤められていた当時から30年以上経っています。(当時行かれた場所のひとつにAZTRECの活動地のひとつであるGUTUも入っていたことが判明!)

今回はスケジュールの都合で、シャシェやジムトなどを見ていただくことはかないませんでしたが、当時、一緒にAJFの仕事をさせて頂いていた尾関にとっては感慨深い来訪となりました。(2006.2.24)

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村は豊作!

村は豊作! 先週、3日間だけシャシェに行って来ました。

4年ぶりの大雨のおかげで、村は豊作。メイズとソルガムを中心に、落花生や豆、かぼちゃとの混作で畑はまるで林状態。迷路を進むように畑を見せてもらいました。(写真はタサンガナの農場)

見た目にはもう収穫?と思えるメイズですが、日本のようにやわらかいコーンを食べるわけではないので、ある程度乾燥P2210122a して固くなるまではもう少し日数がかかるようです。

昨年まで旱魃続きだったせいで、村の一部の人に配布していたOPVは全滅。今回OPVを植えたのは、 AZTRECの育苗所(2箇所)と、AZTRECの理事で2002年のWSSDで生まれた農民団体ESAFの代表を務めているMai Mpofuの畑だけでした。(Mai Mpofuは不在でしたので畑は次回見せてもらいます)。

AZTRECの育苗所ではシャシェ(Shashe)でケープ、タサンガナ(Tasangana)ではレッドコブ(コーンを取った後のコブが赤いのでこの名がある)の二種類。どちらもDADAが2003年にチビに行ってわけてもらった種です。(写真は、2003年に種を分けてもらった時の記念写真)

村の暮らしですが、収穫直前なので、食べ物はあまりなく、一番苦しい時期だと思います。この時期の食事は、主にグリーンミリと呼ばれる、本来の収穫(固くなるまで待ってからの刈り取り)よりも早めに刈り取ってしまうまだやわらかいとうもろこしです。焼いたり煮たりして食べますが、やわらかいといっても品種自体が日本で食べられるスイートコーンではないので、十分固いですが・・・。(2006.2.22)

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2006年2月18日 (土)

2月15日AZTRECと連絡

2月15日(水)AZTRECと連絡

DADAが活動を支援しているAZTRECは、マシンゴで活動しています。その代表のコスマス氏と電話で話しました。

氏をはじめ、AZTRECや村の皆が我々の来るのを待っているとか。DADAが2002年来、支援を続けているOPV(自家採種できる在来の種)メイズの今年のできはかなり良いようです。ただ、種保存庫建設は、当初1月の雨の中休み中と計画していましたが、この様子では雨は休みなく降っているようで、延期(雨季明け)になりそうです。

ここ4年間は、雨が殆どなく、昨年などはOPVは灌漑があるAZTRECの育苗所以外では殆ど収穫がなく、収穫があったのはF1種(収穫から種を自家採種できない一代種。町で買う種は殆どF1)だけという状態でしたので、嬉しい知らせでした。

『フィルムをたくさん持ってこないといけないよ(=撮ってもらいたいものがたくさんある)』といわれました。

マシンゴには来週行きます。月末の報告をお楽しみに!

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2月14日バレンタインデー

2月14日(火)バレンタインデーは?
こちらのバレンタインデーは、男性が女性に花やプレゼントを贈るのだそうで、店にはいったら、レジのおじさん(といっても私より若いかも・・・)に、『プレゼントもらったか?』と訊かれました。
日本は逆(女性が告白をする)と言うと、ちょっと驚いた顔。帰り際に『プレゼント催促しろよ!』といわれました。

そう言えば、街中でもあちこちでバレンタインデーフェアのようなものをやっており、町行く人の中には、バレンタインデーの色なのか、白と赤の二色で統一したファッションで歩くグループの姿をたくさんみかけました。(新聞でもテレビでも報道されていましたよ)。

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2月14日ロジャー・ムパンデ氏

14日(火)ロジャー・ムパンデ氏に会う

14日にスーパーマーケットに買い物の下見(このところ値上がりが厳しいので買う前に値段チェックが必要になります)にでかけたところ、突然後ろから名前を呼ぶ声が・・・。見ると、ロジャー・ムパンデ(Mr.Rodger Mpande)ではないですか。

ロジャーさんとは、1995年に、本田・尾関が砂漠化防止条約の会議(当時は条約発効前)に出席するためケニアを訪れていたとき、会議でお会いした人物です。その年の夏にはジンバブウェに行くことが決まっていたので、その後も色々と情報を頂きました。今、DADAがAZTRECとめぐり合っているのも、ロジャーさんや他で出会った人たちのおかげです。

ロジャーさんは、環境関係の仕事をしており、3月にはCOP8に参加すると言っていました。『アドボカシー(政策提言)はやらないのか?今、必要なのはアドボカシーだぞ』といつも言われるのですがDADAは政策提言あまり精力的に やってないのですよね・・・。ごめんね、ロジャーさん・・・。

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2月13日、ハラレ到着。突然の雨

2月13日、ハラレ到着。突然の雨・・。

2月13日午後、半年振りにハラレに到着しました。
午後1時ぐらいの到着なので、この時間に雨に会うことは殆どありません。
空は快晴で、あぁ、アフリカの空だなぁと思える高い空でした。
が、1時半ごろからと突然雲行きがあやしくなり、入道雲が幾重にも重なっています。
そして、台風か?と思えるくらいのどしゃぶり。でも、空を見上げると、真上の真っ黒な
雲以外は晴れていて青空が見えています。

ハラレは、これまではずっと降りっぱなしだったそうです。アパートの付近までは降らなかったようで、もとの快晴な午後になっていました。

(ちなみに今手元にカメラがないので、昔撮った写真を貼り付けようとしたのですが、久しぶりのブログなので写真のアップ帆方がわからず・・・。一旦これできります。撮影場所は空港から町にはいる道路)

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ちょこっとジンバブウェの頁をブログに変更いたしました。

『ちょこっとジンバブウェ』は、スタッフのジンバブウェ出張中に日本にお送りするレポートです。活動のことだけでなく、暮らしや人々の様子もご紹介していくつもりです。不定期ですが、時々のぞいてみてください。

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